創作小説

小説を主に掲載していきます。

回り道 その19

 拓海を送り出すと、智子は早速大介に連絡する。大介は仕事中。電話としては掛けられない。
 智子は、Cメールで連絡を取る。


【拓海君が菜実さんに妊娠させた。どうしよう】
 未だ確定では無いのに、衝撃的な内容である。



 LINEでも良いのだが、そのLINEには結菜と大介しか登録していない。拓海には断られている。
 結菜とも、智子の要請でメールで遣り取りしている。つまり、普段LINEを使用していないので、遣り方を忘れてしまっていた。
 しっかり教えて貰ったつもりでも、やはり使い続けないといざという時に役立てられないのが年配者。
 そう、IT機器操作では智子も年配者の部類に入る。


 イライラしながら待ちわびていた智子に、大介からの返信が届いたのはその30分後。
 仕事の都合で返信が遅れたのだ。
【了解。帰って話そう】
「また、何時ものペースなんだから。どれだけ大変な事だかまるで分かってない」
 智子の嘆きが部屋に響く。


 大介が帰ってくるなり、智子は掛けよって問いかける。
「ねえ、どうするのよ?」
 まるで拓海の母親だ。
「まあ、落ち着こうよ。飯食いながら話そう。腹減ったよ」


 キッチンテーブルには既に食事の用意がしてあった。
「向こうさんが、結婚してくれとか行ってきたらどうするの? 拓海君は十七歳よ。結婚なんてさせられないよ」
「そうだな。それじゃあ、認知だけして結婚は十八歳過ぎてからにしよう」
「認知!? 何言ってんのよ。結婚させるの?」
「問題や障壁が無ければ、それでも良いんじゃ無い?」
 大介はあっさりと言った。


「問題、大ありじゃない。あー、嫌だ! 呑気なんだから、もう。若しかしたら、この家の財産目当てかも知れないよ。この間来たのは値踏みに来たのかも知れないよ」
「そんなー。ネガティブに考えるなって。孫が出来たのなら、我が家の後継者が生まれること。歓迎すべきだよ。それに、何て言うか、日数的にどうなんだ?」


「どういう事?」
「つまり、我が家に来た日から計算してとか。いや、拓海と付き合いだしたのは何時の日なのか、とか」
「何? 大ちゃんはあの子のお腹の子は拓海君の子じゃないとでも言うの?」
「例えばだよ、例えば!」
「まったく、男って碌な事を考えないんだから」
智子が怒り出す。


「そんなに起こるなよ。だからさ、未だ本当に妊娠したかどうか分からないんだろ。もう少し様子を見ようよ」
「まったくお気楽さんなんだから」


「それにさ、拓海の彼女の写真見せて貰ったけど、今風ではあるけど、悪そうにも遊び人風にも見えないじゃ無いか」
「大ちゃんに、写真見ただけで何が分かるの?」
「嘗(な)めて貰っては困る。営業も経験しているし部下も使っている。それなりに人を見る目は備わっている」
「それじゃあ、私はどうすれば良いの? 『さあ、結婚しましょうね』とでも言えば良いの」
 智子がむくれてまた怒り出す。大介は何とか智子を宥める。


 智子が、こんなにも騒ぎ立てるのが大介にしてみれば不思議に感じる。


 この、一連の会話には、結菜への配慮は無かった。この件は、智子にとっては結菜よりも大(おお)事(ごと)だったのだ。


 結菜は、母親の騒ぐ様子を見て、部屋のドアを開け、聞き耳を立てていた。
 耳に入ってくる会話は、結菜の心を暗くした。


 打ちのめされる気持ち。沈んで行く心。何故その様な気持ちになるのか分からない。否、結菜は敢えて分かろうとはしなかった。
 理解し納得してしまえば、それは拓海が、自分の近くから去って行くことだからである。


 拓海は朝シャワーを浴びてバイトに出掛ける。大概朝食を済ませた後だ。そしてその時、彼はスマホをキッチンテーブルに置く場合が多い。
 智子は、拓海のスマホを覗き見ようとする。しかし、拓海のスマホはパターン認証で解除が必要だった。
 智子のスマホもパターン認証にしている。遣り方は分かっている。


 数日掛けて、拓海のスマホ操作を鋭く観察する智子。認証パターンの指の動きを見極めるためだ。
 拓海は、智子に観察されているなどつゆ知らず、智子の前で、何の疑いも無く操作をする。
 遂に智子は、パターンロック認証の指の動きを、かなりの正確さで捉えた。


 ある日、智子はシャワーを浴びに向かった拓海を見送ると、テーブルの上に置きっぱなしの拓海のスマホを手に取る。
 2度目にパターン認証を解除できた。素早く、ある人物の電話番号をメモすると、スマホを元の位置に置いた。


 数日後。智子は、ファミレスに来ていた。前の席には菜実の姿がある。


「ごめんね、呼び出して。拓海君には内緒にしてくれた?」
「はい」
「ありがとう。貴方はこれから学校があるでしょうから、回りくどい言い回しはやめて単刀直入に聞くね」
「はい」
「拓海君が、貴方が妊娠したって教えてくれたけど、本当なの?」
「・・・。拓ちゃんは何て言ってました?」
 菜実が即答を拒む場合もあろうかと、智子はある程度予想していた。


「拓海君は、自分に子供が出来たと喜んでいたわ」
「そうですか」
「でもね、拓海君は未だ17歳。私には早すぎると思うの」


 菜実も、何故智子に呼び出されたかは十分予測出来ていた様だ。そして、その予想通りの質問を智子から受ける。
 菜実は少し間を置いて、
「ごめんなさい」
 と、頭を下げる。


 そして、顔を上げると、
「拓海君に嘘を吐きました。私、本当は妊娠なんかしていません。ただ、そう言ったら、拓君がどう反応するか見たくて。すいません、からかうような事をしてしまって」
 菜実は再び頭を下げた。そして今度は、頭を上げようとはしない。


「そうだったの。いいのよ。謝らなくても。頭を上げて」
 智子は、それ以上この話を続けられなくなった。
(自分はなんて愚かな真似をしたんだろ)
 智子は心の中で深く恥じた。