創作小説

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回り道 その13

 結菜は話を続ける。
「私、この前、お母さんが付けているノートを見たの。そこには、細(こま)々(ごま)と料理に関して書いてあった。味については勿論、行った先の店のメニューとか店内の様子とか。スーパーの惣菜に付いてまで書いているのよ。それで、結菜がお母さんに聞いたの。そしたら、何れお店を持てたら良いなと思って勉強しているんだって」


「どんな食べ物屋さんを開きたいと言ってた?」
「それは言わなかったけど、でも、今の段階ではトンカツ店ね」
「トンカツ屋? 拓海がバイトしているあのとんかつ店?」
「そう。拓っくんにお母さんが色々聞いていたもの」
 いつの日から結菜は拓海を、拓っくんと呼ぶようになったのか? だが、拓海の前でその呼び名で彼女が呼ぶのを、大介は聞いたことが無い。


「とんかつ店ね。専門店なら、少ない人数で切り盛りするには案外良いのかも知れない」
「拓っくんは関心が無いのか、お母さんが質問しても答えられないことが多くて。だから、自分より長くバイトしている友達に詳しく聞いておくって、追い払われていた」
「ハハハハ。拓海らしいや。彼奴にそんな細かい芸当、出来るわけが無い」
 大介は笑ったが、結菜は笑わない。


「もう一つお願いがあるの」
 大介の顔色を窺うように結菜が語りかける。
「何かな? 食事代かな? 勿論おじさんが払ってあげるよ。心配しないで」
「ありがとう。でもその事じゃなくて、お母さんがお店を出す時、資金援助して欲しいの。お父さんの死亡保険金があるけど、それを使っちゃって、もし店が潰れたら私たち飢え死にしちゃうでしょ?」
 飢え死にはともかくとしても、それは大変だと大介も思う。


「規模によるな」
「全額って、駄目?」
「そうだねー。共同経営者として俺が入るなら考えても良い。やはり女手一つじゃかなり厳しいからね」
「ふーん。お母さんがそれでも良いと言うならね」
 結菜は少し、不満というか不安というか、そんな表情をする。


 丁度そこに智子が現れた。結菜の姿を見ると、
「結! お風呂場掃除してよね」
「はーい。でも、期末試験がもうじきあるから、勉強が終わってからね」
 そう言うと、疾風の如く2階に駆け上がり、姿を消した。
「全くもう。何時もああやって逃げる。後でと言って、遣った試しが無いんだから」 
 大介は、ただ微笑むほか無い。


 困惑


 数日後。
 拓海が朝食を食べにキッチンに現れる。最近は智子と一緒に食べる機会が多くなっている。智子は同居メンバーの中で一番早く起きる。三重県に住んでいた頃からの習慣だ。
 早く起きたのに遅く食べる朝食。でも、彼女の場合は調理しながら味見と称して適度につまみ食いしているので、お腹は持つ。


「あのさ、友達をこの家に連れて来いって言ってたけど、来週の土曜日に来るって」
 拓海がぶっきらぼうに智子に伝える。智子は拓海に、友達を家に誘うよう言っていた。
「そう、何時頃?」
「お昼ちょっと前ぐらいだと思う。智子おばさんの料理は旨いよって言ったら、一度食べてみたいって」


 勿論、褒められて悪い気はしない。友達が根草家に来てくれるのは望んでいた事。ただ、その友達と結菜が顔を合わしたら、若しかしたらこの家に入り浸り状態にならないか。そんな不安を抱く智子。


 夜、帰宅した大介に早速報告をする智子。
「どんな子なんだろうね? 遊び人タイプなんだろ。不良っぽいのかな?」
「その点がちょっと心配」


「別に、飯食いに来るだけだろ。長居をされるのが嫌だったら、拓海にそう伝えておきなよ」
「そーね。ただ、結菜がね」


「成る程。結ちゃん可愛いから、その友達に好かれたら大変と言う事か。それなら、その日は俺が結ちゃんを外に連れ出すよ」
「大ちゃんは、拓海君の友達、合わなくても良いの?」
「智ちゃんに任せる。智ちゃんは眼力有るし、女性からの批評眼は結構鋭いからね」


 当日。智子は若者が好むメニューの料理をテーブルに並べた。間もなくお昼である。
 拓海達は約束の時間に遣って来た。


「只今」
 相変わらず、ぶっきらぼうな感じの拓海の声が聞こえた。
「いらっしゃい!」
 玄関まで届く声で智子が応える。



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