創作小説

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回り道 その15

 ベランダに立ち洗濯物を触りながら、智子の頭は忙しく回転する。
菜実の人物評価。二人の仲はどうなっているのか。今後どう応対すべきか。勝ち気ではあるが、その一方で世話好きでもある智子は、一人悩む。


 ベランダで、天気のハッキリしない蒸し暑さの中、一人佇む智子。
「そうだ」
 彼女はうっかりしていたことを思い出す。
 拓海が、初のアルバイト代でプレゼントしてくれたエプロン。そのエプロンのポケットに彼女は手を差し入れ、スマホを取り出す。


「もしもし、私だけど。大変なのよ。どうしよう」
 智子は、繋がった途端に一気に喋り出す。
「ちょっと待って。何がどうしたの?」
 電話の相手は根草大介だった。


「とにかく大変なの。拓海君の友達って女だったの」
「女?」
 大介が聞き返すところに、隣に居た結菜が顔を近付けて来た。
「お母さんからでしょ? 女の人がどうかしたの?」
 大介は、電話の内容を結菜に知られては不味いと反射的に耳から離し、結菜から遠ざける。
「いや、何でも無いよ。ただ、会社の部下の女性が家に訪ねて来たみたいだ」
 と、結菜に説明する。


 大介は結菜から少し離れ、後ろを向き、
「仕事の件で相談があったのだろう。とにかく話は帰ってから聞くから」
 適当に話を作り、大介は智子の電話を切った。
 恐らく、智子も結菜の声を通話越しに聞いて、大介と同じ思いになったのだろう、智子から再び電話を掛け直しては来なかった。


 根草家の会話の場も、そしてドラマも、大概キッチンで生まれる。


 帰宅した大介と結菜は、直ぐに夕食を食べさせられた。
「ご飯が終わったら、さっさとシャワーを浴びて2階に行きなさい。ちゃんと宿題をしなくちゃ駄目よ」
 結菜を追い出すように智子が言う。
「バッカじゃ無いの。期末テストが終了したというのに宿題なんか出るわけないよ」
「口答えするんじゃ無いの。早く行きなさい!」
「ハーイ」
 結菜がキッチンから消えて行く。その様子を、智子は目で追う。


「ねっ、ねっ。どうする?」
 そう言いながら、智子は対面の席から大介の隣へと移動する。
「どうするもこうするも、何か問題があるのか?」
 智子の言いたい事が大凡分かる大介。彼は冷静に答えた。
「何で大ちゃんは、そんなに落ち着いていられるのよ」
 大介の耳元近くに顔を近づけ、小声で話す智子の声は、叱るように押しが強い。

 大介には、智子が何故そんなに騒ぎ立てるのか、いまいち分からない。
「しかし、拓海も成長したもんだ。そうか、彼女が出来たのか。ついこの間までお母さんお母さんって甘えていたのにな」


「何、呑気なことを言ってんのよ。貴方は拓海君の父親でしょ?」
「だからー、何が問題なのか教えてくれよ」
「決まってるでしょ。拓君はね、彼女の部屋に行ったのよ」
「ふーん。初めて聞いた。それで?」
「じゃなくて、その子は一人暮らししているのよ」


「へー、若いのにもう独立して一人で暮らしているのか。拓海とえらい違いだな、それで、彼女は幾つ?」
「18よ。そうじゃなくて、一人暮らしの女性の家に男が行けば、分かるでしょ」
 智子は焦れったそうに言う。
「成る程ね。でもさ、必ずそうなるとは限らないだろう。俺と智ちゃんだって、二人きりになっても、何も無いじゃ無いか」
 大介は、心の中をポロリと垣間見せるように言う。


「当たり前でしょ。私たちはいとこ同士なんだから当然でしょ。分別ある大人なんだから。何考えてるのよ!」


 そこに、結菜が浴室から出て廊下を歩いてくる音が聞こえた。大介と智子は押し黙り、結菜の様子を探る。
 結菜はそのまま2階へと上がって行った。


 再び声を潜めた内緒話が始まった。
「どうするの。子供が出来たと言って来たら?」
「まさか。想像できないよ。仮にそうなったとしても、それはそれで良いんじゃ無い?」
「どうして? 若しかしたら、此処の家の財産目当てと言うことも考えられるじゃ無い」


「大丈夫だよ。不動産までは泥棒できない。示談金よこせと言ったら、子供の引き取りを条件に出せば良い」
「もう、知らない。結菜が・・・」
 智子は途中で言葉を飲み込んだ。


 智子は、拓海と結菜を結びつけようとしていたのかと、大介は少し驚いた。
「結菜が拓海君が好きなのは大ちゃんも知ってるでしょ? なのに、他の女性と関係を持って、更に妊娠までさせたとなると。相当なショックを受けると思うの」
 智子は、改めて言い直した。


「結ちゃんも、もう大人。親戚だけに拓海と親しい関係になるのは余り宜しくないと理解出来る筈。直ぐ立ち直るって」
「だったら良いんだけど。でも、好きになるという事は一途になる事よ」
 智子の不安を感じる言葉を聞き続けても、大介の気持ちは至って冷静だった。



Music 秋風
ボチボチ制作に励んでいます。
動画アプリの操作に大きな進展が見られたので、再編集をしているところです。