創作小説

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回り道 その17

 学校側が手を拱いているはずも無く、先生が拓海の父親に直接電話する。父・大介は帰宅すると烈火の如く彼を叱った。
だが、強く怒鳴りつけたのはこの時だけだった。


 大介は父親なりに、自分が拓海の母親を追い出した事で、拓海に寂しい思いをさせた。その思いがあったので、あまり強硬な態度を続けられなかった。
 拓海が学校に行かなくなったのには自分も責任がある。その後ろめたさがあったからだ。


 しかし、たった一度とは言え、強い口調で叱責された大介は父親に反感を抱く。
拓海はもう子供では無かった。
 大介は、折を見ては拓海に学校に行くよう促したが、拓海は部屋に閉じ籠もる様になってしまった。


 拓海は菜実に、訴えるように言う。
「父さんに怒られて、無性に腹が立った。それで、二度と学校に行くものかと決めた」
「お父さん、諦めなかったでしょ?」
「うん。会社から帰ってくると、ドアを開けようとガシャガシャドアノブを引っ張った。鍵の無いノブだし、若しかしたらドアも壊されるかと思った。少し怖かったな」


「ドアノブ、必死で押さえていたんだ?」
「いや。多分そう来ると思ったから、デッキブラシの棒を利用して、ドアノブとブラシの棒を縛って置いた。棒がドア枠に引っ掛かって、結局開かなかった」
「なかなか根性あるじゃん」


 その後、数回そのような場面があったが、頑として拓海は部屋の外に出なかった。
 その内に、大介は親の勝手で離婚した自分が悪いと反省し、拓海を叱るのを止め、暫く様子を見ることにした。



「ねえ、もし、お母さんが居たら、不登校にはならなかったと思う?」
「そうだな。母さんは殆ど家に居るから、熱があるかとか病院に行こうとか、うるさく付きまとったと思う。休んでも精々その日だけだったと思う」
「やはり、お母さんが居たら状況が変わっていたかも知れないんだ」
 菜実は深くため息を吐くように言った。


「でもさ、人より早く社会勉強してると思えば良いじゃん」
 菜実は明るく言う。
「閉じ籠もるのも社会勉強って言えるのかな?」
「違うよ。バイトして大人社会を知った事よ。勉強だけが役に立つわけでは無いよ」
「うん。よく分からないけど。俺、今も後悔なんかしてない」
「それで良いんじゃ無い」
 拓海は菜実の言葉をすんなり受け入れる。

 今度は拓海が菜実に尋ねる。
「所でさ、菜実さんが高校を中退した理由は何?」
「拓海と似たようなもんよ。私の家は母子家庭だったでしょ。金銭的格差っていうものかな。なんか、常に蔑むような目で見られるのが厭になったの。仲間でいるのが厭になったの。もう、自分でお金を稼いで自由に使いたいと思ったら、我慢出来なくなった」


「でもさ、それでも矢っ張り、夜間でも学校に行こうと思ったのは凄いよ」
「普通科学校を辞める時、お母さんが言ったの。今の学校を辞めても良いから、その代わり夜間の定時制高校に行きなさいって」
「良いお母さんだね」


「夜学に行けと言ったのは、夜の時間帯に学校に通っていれば、夜の仕事を選べないし夜遊びも簡単にできない。お母さんがそう計算したからよ」
「ヤバい世界に入らないようにする為か」


「でも、お母さんが病気で仕事が満足に出来なくなり、お母さんの実家に帰ることになった。私も一緒にと言われたけど、断った。その代わりに、夜学だけは通い続けると約束させられた」
「お母さんは菜実さんが心配なんだね。俺の母さんなんか、電話一つして来ない」


 少しの沈黙の後、菜実は半身起き上がり拓海を見下ろす。
「もう一回しようか」
 菜実の顔が拓海の顔を塞ぐ。