創作小説

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回り道 その16

 青春


 河(かわ)里(さと)菜(な)実(み)が根草家に訪れる一ヶ月ほど前。その頃、拓海と菜実は行動を共にすることが多かった。
 バイト先が一緒と言う事も関係した。
「ねえ、明日私の所に来ない? 土曜だし、バイトも学校も休みだし」
「えっ、菜実さんの部屋に?」
「一緒にゲーム遣ろう。ゲーム好きでしょ?」
「うん、いいよ」
 菜実が拓海をアパートの部屋に誘う。

 菜実の部屋に、拓海は当然興味を抱く。辺りをキョロキョロ見回す拓海に、
「一人暮らしの女性の部屋って、矢っ張り男は興味があるんだ」
「うん。だって、初めてだから」
 拓海は、同居している結菜の部屋もこんな感じなのかと想像する。
「ほら、一緒に住んでいる女の子の部屋に入った事、無いの?」
「あんな子供の部屋に入ったら、何言われるか分かんないよ。興味ないし」
 菜実はクスクス笑う。


 菜実の部屋にあるゲームは女性向けが主流で、拓海にはなじみの無い物が多い。そんな中にも、拓海が昔遊んだゲームを発見した。
 二人はゲームを楽しみながら、会話をする。当然その中に、お互いの家庭環境や生活状況も話題として持ち上がる。
 互いの将来にも話が進むが、二人ともに何も考えて無く、その件に関しては直ぐに話題が途切れる。


 菜実は独りぼっちで住んでいる。拓海は父親や親族と同居しているが、何時も部屋に閉じ籠もるので一応形としては独りぼっちだ。
 そんな孤独とも言える環境の二人。いま、こうして心置きなく遊び話をする。楽しい時間であるのは間違いない。


 あっという間に時間が過ぎる。
 菜実が、拓海の帰り際に伝える。
「ねえ、よかったらまた遊びに来なよ」
「うん」
 拓海が嬉しそうに答える。 


 翌週も、拓海は菜実の部屋に遊びに行く。暫くゲームや会話で時間を過ごす。
「お腹空いたね。何か買いに行こうか?」
 二人はスーパーで弁当とか果物、お菓子を大量に買う。
「これ、全部食べるの?」
「弁当以外は保存食も兼ねて買った」
 一人暮らしだと、ちょくちょく出掛けて買い物するのは案外億劫になる。


 再び部屋に戻った二人だが。流石に飽きて遊ぶことが無くなった。
「少し汗ばんだからシャワー浴びようか」
 外は、梅雨の走りかどんよりしていて蒸し暑かった。
「拓が先に入りなよ」
 菜実が強引に風呂場に連れて行く。


 菜実の借りているワンルームはユニットバスだった。ユニットの中に浴槽と便器がペアになっているタイプである。
 現在、このタイプのバスはかなり少なくなって来ているが、何せ彼女が借りているアパートは古い。
 権限を持つ大家のおばあさんは頑なに改造を拒み、容易に改装をさせない。
「私が死んでから勝手に変えなさい」
 この一点張りだそうだ。
 それが原因か、3階建てマンションタイプアパートの3分の1は空き部屋だった。


「ちょっと狭いけどさ、浴槽に入ってシャワー浴びれば身体を自由に動かせるよ」
 どうやってシャワーを浴びれば良いのか迷っている拓海に、菜実は説明する。


 浴槽と便器が一緒になっているユニットバスを見るのは、拓海にとって始めてだった。
 もし仮に、この部屋が男やもめの部屋だったら、恐らく汚らしく感じてシャワーを浴びるなんて嫌だったろう。
 しかし、菜実が住んでいる部屋。狭苦しくは感じたが、汚いとは思わない。これが人間の気持ちの不思議なところ。
 実際に、綺麗に使用していたのもあるが。


 拓海がシャワーを浴びていると、いきなりドアが開いた。
「このバスタオル使って。入り口の所に置いておくから」
 何も扉を開けなくても伝わるのにと、拓海は裸の自分を見られたことに恥ずかしさを感じる。


 拓海がユニットバスから出ると、代わりに菜実が入る。少し経って、彼女もバスタオルを巻いて出てきた。
 二人が並んでベッドに座ると、やがて自然な動きへと進む。
「初めて?」
「うん」
 菜実がリードする。

 折角シャワーを浴びてサッパリしたのに、二人の身体は汗ばんだ。そのまま並んで横たわり、天井を眺める。
「ねえ、何で不登校になったの?」
 菜実が拓海にそれとなく聞く。


「そんなこと知ってどうするの?」
「拓海は大人しいタイプだから、学校で虐めに遭ってたんじゃ無いかと思って」
「うん。虐めとは迄はいかないけど、殆ど喋らなかったから誰も声を掛けてくれようとしない。最も入学して間もないのだから普通だったのかな? でも、陰キャな奴だと思われていたみたいだ」
「無視されたんだ」
「そうかも知れない。でも、話し掛ければ答えてはくれたよ。高校は中学校のメンバーと違うから、なかなか慣れなくて」


「それが原因?」
「かも知れない。丁度今頃の時期にさ、朝起きたらだるくて学校に行きたくないという気持ちになってしまった。それで、その日休んだ。父さんは俺より早く家を出るからズルしても分からないと思って」
「休むって、学校に電話したの?」


「ばっくれた。そしたら夕方先生から電話が掛かって来て。固定電話だったからうっかり出てしまった」
「誤魔化せた?」
「熱っぽかったので寝てましたってね」
「遣るじゃん」
「母さんは離婚して家に居ないし、学校に行けと追い立てる人が居ないから、誤魔化せた」


 拓海は翌日もズル休みした。何時学校から電話が掛かってくるかと気が気ではなかったが、結局その日は学校側からの電話は無かった。
 3日目となると、一瞬学校に行こうかなと言う気持ちにもなったが、その逆に、行き辛さを感じてしまい、結局3日続けて休んでしまった。