創作小説

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回り道 その7

 結菜は、トントンと階段を駆け上がり、拓海の部屋の前に立つ。
「拓海君。料理が出来上がったよ。一緒に食べよーォ」
 返事が無い。
「今夜はね、お母さんが腕に縒(よ)りを掛けて、美味しい料理を一杯作ってくれたよ。本当に美味しいんだからね」
 やはり、何の応答も無い。
「拓海君は、お母さんの料理が美味しいの、知ってるでしょ? お腹空いてないの?」
 結菜の引き出し作戦は、ただ「美味しい」と繰り返すだけ。


 勝ち気な母親の性格を引いたのか、結菜は苛立って来る。
「いい加減にしなさいよ。何で私たちの前に顔を出せないのよ。イジイジしているなんて男らしくないよ」
 優奈は、一つ年上の拓海に説教する。母親と同じに「男らしい、らしくない」を言う。


 すると、いきなりドアが開き、
「うっせえーだよ、お前! 生意気なんだよ」
 怒鳴るように口走ながら、拓海が顔を出した。


 結菜と拓海の眼が合った。1秒、2秒、3秒。
 拓海はプイッと、結菜から視線を外すと、勢いよく階段を駆け下りる。


 まさか、息子がこうも簡単に折れて、結菜の高校受験祝いに参加するとは思わなかった大介。一瞬驚きの表情を浮かべたが、
「おっ、来たな。よし、精魂込めて智子叔母さんが作ってくれた料理。みんなで頂こうでは無いか」
 そう言って、大介は拓海を隣の椅子に座らせる。 


 後から、2階から少し遅れて降りて来た結菜は、母親の隣に座る。先程まで、弾むように明るく振る舞い、喋っていた結菜が、急に大人しくなった。そして、決して拓海と眼を合わそうとしない。
 当然、大介と智子は、結菜の変化に気付く。しかし、彼等は大人。その場で決して理由など聞こうとはせず、率先して話題を振り撒き話を盛り上げる。


 何時もなら、根草大介が車で沢登母娘が住むアパートまで送るのだが、今夜の大介はアルコールが入っている。なので、智子達はタクシーを拾って帰宅する。


 車中で、智子が娘の結菜に話し掛ける。
「拓海君と何かあったの?」
「別に」
「拓海君の大きな声が聞こえたけど、嫌な事言われたの?」
「何でも無いよ。ただ、いきなりドアを開けられたのでビックリしただけ」
「そう。なら、いいけど・・・」
 智子は、それ以上深入りはしなかった。
「ところで今日さ、大介君がね、一緒に住まないかって持ちかけられたの。結菜はどう思う?」
 智子は話題を変える。
「再婚するの?」
「違うよ。私と大介君はいとこ同士。結婚なんてあり得ない。ただ、私の働きだけでは苦しいだろうから、あの家に住めば家賃の負担や食費にお金が掛からなくなるので、気持ちに少しは余裕が出来るだろうって」
「お父さんの生命保険。あれ、お金入ったんでしょ?」
「何言ってんのよ。あんな金額じゃ、あっという間に出て行っちゃうよ。今後、結菜の大学の費用だって必要でしょ。残しておかなければ駄目でしょ」
 智子の手元には、夫が事故で亡くなった時の保険金が大金では無いけど残っている。
「結菜は、余り乗り気しないな」
「そう。じゃあ、断るね」
 こうして、大介が密かに企んだ沢登母娘との同居作戦初手は見事に頓挫する。

 根草大介は、久しぶりに智子と再開した時点で、密かに彼女との同居を望んだ。智子と同居すべく策も講じた。偶々、息子の拓海が引き籠もり状態になっていたのを利用することを、彼は思い付く。
 とは言え、息子に立ち直って欲しいと彼自身も願っていたのは事実。ただ、その方法が分からず、手を拱(こまね)いていた所だった。
 上手くすれば、両方とも叶えられるかも知れない。一石二鳥の作戦。天がくれた幸運だと、大介は勝手に思い込んでしまっていた。


 図らずも、本来の目的である智子との同居よりも、拓海の立ち直りの方が先に叶いそうな気配になった。それはそれで、親としてはとても嬉しい事である。
 そこで、今度は自分の望みを叶えようと、結菜の試験合格を祝うパーティーで、智子に同居の話を持ちかけた。
 だが、翌日智子から同居を断る旨の連絡を受けた。その言葉を聞いた大介が、嘸かしショックを受けたであろうと思われたが、当人は全く意に介してない。


 彼は、元々すんなり進むとは思っていなかった。ある意味、結婚を申し込むより難しいかも知れないと考えられたからだ。
 大介と智子はいとこ同士。親戚や世間体を考えたら、同居は不自然で嫌らしく見られる恐れがある。
 その上、難しい年代の、お互いの息子と娘が同じ屋根の下で暮らす。何が起きるか分かった物では無い。
 そう考えれば、智子等が同居を拒否するかも知れないと、大介は十分予測していた。


「そうか。でも、あの時智ちゃんは最初っから否定はしなかった。多分、結菜君が同意しなかったのだろう。拓海のことが気持ち悪いと感じてしまったのかな?」
 大介は分析する。
「まさか、拓海を変に意識したのではあるまいな。はてさて、どう作戦を切り替えて行こうかな」
 大介は、諦めてはいない。



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