創作小説

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回り道 その8

 週末、大介は智子を食事に誘った。
「いつも家事をしてくれて有り難う。お陰で、男所帯の陰鬱な雰囲気が消えて、明るくなった。それに、拓海を部屋から引き出してくれたし、智ちゃんには本当に感謝している。感謝しきれない位だ」
「そんなー。私はただ好きだから遣ってるだけ」
「いやいや。料理は絶品だし、俺は智ちゃんの料理を食べるのが楽しみになっている。拓海だってそう思っている筈だ。毎日コンビニ弁当じゃあ、心配だったしね」


「拓海君、最近表情が柔らかくなって来たのよ。突っ張るのが面倒になったみたい」
「そりゃ、良い傾向だ。智ちゃんのお陰だな」
「でも、このままじゃ駄目よ」
「どうしたら良い?」
「私ねぇ、復学させてあげようと思うの」
「拓海が? 彼奴は変なところに意地っ張りだ。復学なんて絶対にしないよ」
「そうかも知れない。だから、転校とか夜学、通信教育、フリースクールでも良いわ。とにかく、もう一度教育を受けさせるべきよ」
「言って、素直に応じる玉かな? 彼奴」
「一応、私遣ってみる」
「何か悪いね。宜しく頼む」


 食事を食べ終わって、食後のコーヒーを飲む二人。
「所でさ、同居の話、もう一度検討してみてくれない。拓海の為にも」
「拓海君の為に? 別に同居しなくても同じでしょ」
「違うんだな。やはり智ちゃんが常にいるという雰囲気が必要なんだよ。どうやら、拓海は智ちゃんを母親の様に思って来ているようだ」
 実際は、拓海の心の内など全く捉えていない大介。口から出任せとも言える。


「私が拓海君の母親代わり?」
「そうだよ。だから、もう一度考え直してさ」
「でも、結菜が同意してくれないから」
 やはり、同居を断ってきたのは結菜が反対したからだった。


 揺れる


 沢(さわ)登(と)結(ゆい)菜(な)にとって、今は天国。人生最初の大きな試練である高校受験に合格し、胃の痛くなるような不安や苛立ちから解き放された時間。
 こんな状況で、更に勉強をしたいなんて若者がいたら、祭り上げたいくらいだ。


 学校側も、自習や時間短縮等が増える。例え無断欠席をしても、連絡も来ないし何も言われない。
 勉強という、余り面白く無い縛りから一時的にせよ全面解放され、自由満喫の青春といった所だ。


 勿論、結菜も例外では無い。
 彼女は唯一の友人である、浅木七海と会っていた。
「ナナミと同じ高校に受かって良かった」
「私も。ウチの中学校からは結菜と私と二人だけだもんね。でも、結菜が一緒なら心強い」
 結菜が三重から転校して来て、唯一友達になってくれた七海。彼女が望んだ高校に結菜も受験する。そして共に合格できた。一層の絆が生まれる。


「所でさ、引っ越しするとか言う話、どうなったの?」
「止めたよ。だって、暮らし難いもの」
「嘘ー。少し前まで、あんな家に住めたら良いなって、言ってたじゃん」
「気が変わったの」
 結菜は含みを持たす言い方をする。


「若しかして、結菜が言ってた閉じ籠もり男に会ったんじゃ無い? すっげー、キモかったとか?」
「違うよ。確かに顔を合わしたよ。でも、そんなんじゃ無い」
「じゃあ、この家の住んでみたいなとか言ったら、叔父さんとかに断られたんだ?」
「そうじゃない。ただ、折角慣れたこの地域から、また引っ越すのが嫌になったから。それに七海と離れちゃうし」


「私はね、結菜が引っ越したって別に何ともないよ。だって、あの家ならそんなに離れていないし、何時でも会える。それに、少し離れたぐらいで友達関係が崩れてしまうとは思ってないし」
「有り難う。私、途中で引っ越して来たから友達少ないから、七海が友達になってくれて嬉しいんだ」
「うん、これで友情を確かめ合えたと。これからも色々協力していこうね」
 二人は、掌をたたき合うようにパチンと合わせる。


「所でさあ、やっぱり知りたいんだけど、その拓海という人と顔を合わせたんでしょ? やっぱりイケメンじゃなかったの? 相当酷いとか?」
 結菜は以前から七海の前で、拓海の事をボロクソに批判していた。


「どうかな。人それぞれ好み違うから・・・」
 結菜の返答は、打って変わって曖昧な内容になっていく。
「結菜はどう思ったのよ?」
 七海は突っ込んで来る。ねじ込まれる感じで迫られそうな予感。


「私の気持ち? 結菜は普通よ」
「何? その普通よっていうのは。ははーん、結構好みのタイプだったんじゃ無い?」
「そんなこと無いって」
「まさか、一目惚れしてないよね?」
「もー、七海、ちょっと可笑しいよ」
「そうか、そうか。成る程ね。だったらさ、その、叔父さんとか言う人に、一緒に住みたいと言ってみな。結菜のお母さん、重宝がられているんでしょ。OKしてくれるかもよ」


 結菜は、根草家との同居を断ったのは自分だとは、七海に言ってない。確かに、アパート住まいより根草家の一軒家に住みたいと、七海に以前語っていた。
 だが、母から同居話を持ちかけられた時、自分でも分からないうちに、何となく断っていた。


「やはり、親戚同士とは言え、男女が同じ家で暮らすのは不味いと、叔父さんもお母さんも考えたんじゃ無い?」
「今時そんなの可笑しいよ。だって、考えてみてよ。シェアハウスなんか、ヤバい年代の男女が一軒家に暮らしているのよ。どれだけ危ないか。それに比べれば、親戚同士なんだし、そんな男女の関係に発展するはず無いでしょ」


「それはそうかも知れないけど。でも、周りの親戚の手前がどうのこうのって有るんじゃ無いの?」
「何て言ったって世の中お金よ。一緒に住めば家賃とか食費とか浮いて、結菜のお母さんも助かるんじゃ無いの。それとも、同居代として、家賃取られるのかな?」
「叔父さんはそんな人じゃ無い。・・・でも、七海の言う事も分かるな」
「まあ、私だったら思い切って同居できるように働きかけるな」 


 友達の言葉は、親の言葉より素直に入る年代。結菜は内心、同居拒否を後悔し始めた。
 その一方で、拓海と顔を合わす生活が何となく気まずく窮屈に感じる。結菜の心が揺れる春だった。



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