創作小説

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回り道 その5

 結菜の「拓海の部屋出し作戦」と名付けた作戦が動き出す。結菜が目出度く志望校に受かった後だった。


「拓海君。今日から少しの間、この家の家事手伝いをすることになった智子よ。もうこの件はお父さんから聞いているでしょ。宜しくね」
 以前と同じく、拓海の部屋からは物音一つ聞こえない。
「それからね、叔母さん、拓海君のお昼ご飯作って上げるから、もう弁当を買いに行かなくて良いからね」


 拓海の朝食は、父親が出勤した後、キッチンで一人で食べていた。卵やハム、ウィンナなどを適当に調理し、パンと一緒に食べて簡単に済ましていた。
一方昼食については、彼は父親から昼飯代として小遣いを貰っていたので、その金でコンビニの弁当を買ったり、偶にスーパーで好きな物を購入し食べていた。
 ただ、やはり近隣だとバツが悪いのか、自転車で少し離れた地域まで行って買ってはいた。
 実は、彼は全くの閉じ籠もり生活では無かった。

 智子はマメな性格では無いが、何事もキッチリと仕事をする。遠く離れた土地で、舅、姑の目が光っている中で孤軍奮闘して来た結果でもあるのか。
 智子はテキパキと掃除したり洗濯物を干したりして行く。


 時間を計り、彼女は昼食の料理に取り掛かる。冷蔵庫を覗く。食材はまあまあ有るには有るが、智子のイメージする献立にはマッチしない物が多い。
 それでも料理を作り成れている智子。それなりの料理に仕上げる。


「お昼ご飯出来たよ。キッチンで食べる?」
 智子が拓海の部屋の前で声を掛ける。相変わらず返事が無い。
「もう、しょうが無いわね。ドアの脇に置いとくから、食べ終わったら、器、また廊下に出して置いてよ」
 そう言うと、彼女は料理を取りにキッチンに戻る。
 拓海としては、意地でも智子の前に出たくない。色々な誘い出しに負けて溜まるかという、意味の無いプライドを出す。


 だが、叔母である智子が家の中にいると、何時ものように朝ご飯も食べられなかったし、さりとて、外に買い出しにも行けない。
 人間、意地や名誉やプライドで腹は膨れない。ドアの隙間を通して流れてくる料理の臭いは堪らない。
 遂に、拓海は智子が階下に降りた足音を確認してドアを開け、料理を部屋に引き込んだ。
(旨い)
 若い育ち盛りでもある拓海。朝食も食べていなかったので尚更美味しく感じる。


 実は、智子は二階のドア脇に料理を置いたが、それだけでは引き下がらなかった。彼女はドアの隙間に向かって料理の臭いを送るために扇いでいた。
 さすが中年おばさん。したたかである。


 そんな光景が数日続いた。
 智子の働きも有り、乱雑だった根草家が整理整頓されて来た。彼女は、拓海の部屋だし作戦ばかりで無く、家全体の整理整頓や掃除も行っていた。


 ある程度片づくと、智子に余裕が生まれる。
「今日は一丁、拓海と戦ってみるか」
 智子は、両腕を捲るような気持ちで拓海の部屋の前に立つ。
「拓海君! 私、あなたの部屋の掃除がしたいの。開けてくれる?」
 期待はしてなかったが、やはり返事が無い。 


 十分予想していたことだが、そんな思いとは裏腹に、智子は少し腹が立って来た。
「拓海君、いい加減にしなさいよ。あんた男でしょ。ウジウジ隠れていないで、顔ぐらい見せなさいよ!」
 今や男女平等の時代。何故ここで「男でしょ」という言葉が飛び出すのか、分からない面もある。


「窓、開けてんの? 換気しないとカビ生えちゃうよ。カビが肺に詰まると死んじゃうよ。肺の病気は苦しいんだからね」
 智子は、余り関係無い様な脅し文句を投げ付けた。
「もう、私この家に来ないから。料理も作って上げない!」
 勝ち気な彼女は、今にもドアをたたき割るのでは無いかという迫力でドアを叩く。


 すると、今まで音のしなかった部屋から物音が聞こえて来た。智子がドアに耳を近付けようとした時、いきなりドアが開いた。
 驚かない筈が無い。智子は咄嗟に後ずさりし、後ろの壁にぶつかった。
「分かったよ。台所で飯、食べるよ」
 初めて、智子の前で拓海の口が開いた。


「そ、そうよ。キッチンで食べてよ。その方が私も助かる」
 拓海はその言葉を待たずに、サッサと階下に降りて行く。その後を、彼女はぎこちなく付いて行く。



[Music] 秋風