創作小説

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ほら探日記Ⅲー5 恋の季節 2


 保(やす)来(き)信(しん)次(じ)郎(ろう)が久しぶりに旅館に戻る。


「和ちゃん、色々あって大変だったね」
「うん、大丈夫。先週、父が亡くなったってメールがあったの」
「それは何と言って良いか・・・。折角会えたのに、悔やまれるね」
「いいの。でも、やはり生きている内に父に会えて良かったと思う。孝太郎叔父様に感謝している」
 木村和枝に、落ち込んでいる様子は無い。


「僅かな時間だったけど、父は母と私を捨てたのでは無いと分かっただけでも嬉しかった」
「良かった。和ちゃんが落ち込んでいるのでは無いかと、ズーッと心配していたんだ」
 少々大袈裟に言う信次郎。和枝にしてみれば、それは十分承知の事でもあるので気にせず受け止める。


「所で、和ちゃんが女将になったんだってね。若女将からようやく格上げだね」
「私に務まるかどうか分からないけど。未だ未だお母さんに、元気でこの旅館を切り盛りして欲しかったのだけどね」
「これで良いんだよ。和ちゃんは唯一無二の適任者。この旅館を守れるのは和ちゃんしかいないさ。お袋もいい歳だし、もう旅館業から解放してやっても良いだろう」
「そうね。ゆっくり旅行するとか、好きなことに専念するとか」
「旅行はともかくとして、お袋は旅館バカみたいなものだったから、趣味なんて無いだろう」
「それもこれも信ちゃんが悪いのよ。少しは旅館の事も考えて上げて」


 和枝が完全に旅館の女将になっている。彼女が、自由気ままに振る舞っていた信次郎に、旅館の件で今まで一度も意見したことは無かった。
 信次郎も、まさか和枝からお説教のような言葉を聞くとは思ってもみなかった。


 旅館の中心者として見れば頼もしいが、その一方で、彼女から可愛さが逃げていくようにも感じる。



 最近、彩音が昼の一時過ぎると小一時間ぐらい出掛けるようになった。
「彩音。お前、何処に出掛けているんだ?」
「ズーッと、することが無くて事務所に閉じ籠もって居ると、太っちゃうからね。ダイエットで散歩してるの」
「うん、健康的で良い事だ。なんか、パン屋の陸君も散歩が好きらしいな。彼もダイエットしてるのか?」
「そうなの? パン屋の叔母さんから聞いたの?」
「まあ、そんなところだ」
「私も、彼と一緒に散歩しちゃおうかな」
 ヌケヌケとしらを切り通す彩音。
 二人して散歩して、近所の公園などで仲良くしているのを、信次郎は知っていた。


「ところで、宮下とはどうなったんだ? 振られたのか?」
「どうして私が振られるのよ。こんなに可愛いのに」
「ナルシストよ。折角宮下という彼氏が出来たというのに、残念だったな」
「刑事さんは警察関係の女性が似合ってるのよ。私はあの職業に付いていけない感じ」
「だよな。浅羽をみれば誰でも考えるよな」


 浅羽は宮下の先輩刑事。階級も上である。浅羽刑事は、今は離婚し独り身状態だ。


 それにしても、彩音は陸を、あんな男どうでも良いと言っていたのに、話が違う。いつの間にこうなったのか?
「オイオイ、オイオイ」という感じである。