創作小説

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ほら探日記Ⅱー41 新たなコンビ 2


 一ヶ月ほど経過する。
「信ちゃん。私、旅館の方に帰る事になったから」
 木村和枝が信次郎に伝える。


 和枝は一ヶ月か二ヶ月おきに旅館に行っていた。アパートの管理状況とか、殆ど収入は無いが、保来探偵社の状況報告も兼ねて。
 それは、旅館の女将であるユキの命令とも言うべき指示だった。


 ルーティーンでもあるその行動に、保来は何時もの事と気に留めなかった。
「若しかしたら、今度は此処に戻って来ないかも知れない」
 和枝の言葉に、信次郎は非常に驚く。


「お袋がそう言ったのか? 何故だよ。折角上手く行っているのに」
 信次郎は母への怒りを込めて不平を言う。


「うん。やはり若い綾音ちゃんには無理みたい」
「彩音が何れ、厭になって東京に戻るだろう事は分かっていた。しかし、だからと言って和ちゃんが責任を取ることは無いだろう」


「責任を取るとかではなくて、お母さんも大分お歳だし、私が出来る事をお手伝いしたいのよ」
「この探偵社はどうするんだよ?」


「叔父様も戻ったことだし、綾音ちゃんも帰って来たら戦力になるよ。私が居なくても大丈夫」
「親父達は期限t限定だって言ってたじゃん。彩音は未だ素人だ」


「私はお母さんに拾われた身。亡くなった母も遺言の様に『何があっても女将さんに尽くすのよ。でないと罰が当たる』と言われてる。私自身もそうしなければと思ってる」
「俺よりもお袋を選ぶのか?」
「だって、信ちゃんは男だし大人じゃ無い。駄目になったら旅館に戻ってくれば良いでしょ」


 結局、信次郎は強引に押し切られる。そして、木村和枝は保来探偵社を去った。


 若しかしたら、こうなったのは父・孝太郎が顔を出したからではないかと、苦々しい気分になる。
「和ちゃんが旅館に帰ってしまったのは、親父の所為だと思っている」
「なんで、わしの所為なんだ?」


「今頃ノコノコ現れて、母さんを刺激したからだよ」
『馬鹿者が。お前は和ちゃんの気持ちが分からないのか?」


「分かっているよ。とても恩義を感じる人なのは。でも、もう十分母さんや俺たちに尽くしてくれたじゃ無いか? 束縛するような真似は止めるべきだ」


「分かってるじゃ無いか。恐らくユキは義理堅い彼女を知っているから、ユキから旅館に戻って働いてくれとは言って無い筈」
「そんなことは無い。何かにつけて『和ちゃんが居てくれたらね』って言ってるんだよ。きっと」


「お前は実際にその言葉を聞いたことがあるのか?」
「無い」
「だったら勝手に憶測で言うな」
 信次郎に言葉が無くなる。


「それにな、和ちゃんに好きに生きなさいと言った所で、彼女が承知しない。現に、信次郎に縁談話が出た時、彼女はどうしたと思う?」
「知ってるよ」


「お前が好きだったのに、縁談が成功するように、保来家の為に、自ら身を引いたのだ。しかも、唐突に『私、結婚するので辞めます』と言い残して消えた。留める暇も無く」
「やはり、保来家の為、旅館の未来の為だったんだ」


「そうだとも。どんな気持ちでその言葉を吐いたのかと思うと、辛いだろ? さすがに、本当に結婚したのかどうかは聴けないでいるが、間違いなく結婚はしていない」
「うん。それは俺もそう思う」


「そこまで考えてしまう人間だ。我々が何か言った所で余計なことになる。お前は大人しく和ちゃんの好きなようにしてやれ」
 言われてみれば父の言う通りかも知れないと、信次郎は納得する。


【ご存じの事と思いますが、この物語は探偵行動とか事件は殆ど扱っていません。飽くまでも探偵を生業とした人達の人間模様です。尚、「紫陽花の庭」「繭の館」では事件を扱ったものとして、別冊で発表しています】 AmazonKindle本 電子書籍にて