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ほら探日記Ⅱー39 わだかまり 3


 今まで、信次郎に和枝との結婚をせっつく人は何人も居た。両親もそうだし、探偵業で知り合った岩田も安藤絵美子もそうだった。
 口汚い刑事の浅羽は、
「和枝さんを生殺しにするのか」
 とまで言い放った。だから、信次郎は浅羽を毛嫌いしている。
 最近では、妹の彩音にまで、
「和枝さんは兄さんを待ってるのよ。このまま和枝さんをお婆さんにしちゃうの?」


 信次郎とて、そんな事は百も承知だ。理由があって結婚出来ないんだと、言い返したい気持ちが続いていた。
 彼の、そんな気持ちに変化をもたらしたのが、跡継ぎ問題だった。


 旅館経営は楽な仕事とは言えない。企業形式にすれば少しは違うのだろうけど、身内で旅館業を繋ぐのは、現在に於いては簡単な事では無い。
 保来家の旅館も然りだ。父、孝太郎の代になってから可笑しくなった。主として旅館を管理しなければならないのに、周囲の反対を押し切って彼は上京した。
 そんな父親を見習ったわけでは無いだろうが、信次郎もまた東京に出てしまった。


 夫は諦めるにしても、信次郎の後継は諦めきれないユキ。彼女の望む姿は、息子が結婚し、孫を生んでくれる事だった。
 その様な形になれば、嫁に多少不満があっても息子夫婦に道を譲れる。そんなユキの気持ちを知ってか知らずか、親孝行もせずに信次郎は勝手放題にしている。


 しかし、信次郎も歳を重ねる毎に、母親の苦悩する姿は感じていた。だから、母の願いが叶えられるならばと、わだかまりを乗り越え和枝と深く愛しあったのだ。。
もしも、和枝が信次郎の子供を生んでくれたら、無上の親孝行となる。


 ユキの望む理想は。信次郎と和枝が結婚してくれることだった。しかし、かなり前からその芽は無いと諦めている。
 一時は、信次郎に見合いをさせ、無理矢理結婚させたが、一年持たずに離婚。ならば、結構しなくてもせめて信次郎の子を生んでくれる女性が現れて欲しいと願う。
 が、未だにその気配すら無い。
 とうとう、ユキは全てを諦めた。ユキはかねてより、女将の座の繋ぎを和枝に任そうと考えていた。それを今回実行に移し始めた。


 和枝の女将就任を、古くからの従業員達は既に認めている。和枝の人柄もあるが、立派に役割を果たせる能力があると皆が見ているからだった。
 ただ、和枝は誰かと結婚する意思は無いと明言している。やはり、一時的な後繋ぎとならざるを得ない。
 そんな時に現れた、父親の遺伝子を持つ彩音の登場は、旅館の後継、存続を考えればプラスと見えた。ユキは、感情を押し殺して彩音を迎えいれたのである。


 和枝は彩音の正体を知って直ぐ、ユキに詳細を話していたのだ。当初はユキも夫・孝太郎の身勝手さに怒りを抱いたが、やはりそこはユキの心の置き所が違っていた。
 旅館の女将としてのユキは、後継者問題を優先して考えるようしたのだった。


 腹を決めたユキは、和枝にその旨を話していた。信次郎が緊張した面持ちで母親と対面したのに対し、和枝が平常心で居た理由はそれだった。