創作小説

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ほら探日記Ⅱ-38 わだかまり 2


 保来家は山間から離れた中核都市に別宅を持っていた。その家に、ユキに女将の座を譲って引退した祖母が一人で暮らしていた。
 やはり街の方が買い物も病院に行くのも便利だからである。


 保来信次郎は、進学するに当たってその街にある高校を選んだ。高校生活は祖母と一緒に始まった。
 若者が遊ぶ物など無かった山間部の生活。その反動か、保来には街の生活が楽園に思える。ホームシックなど掛かる暇など無い。


 全く頼りを寄越さない信次郎を心配し、母・ユキが木村和枝を祖母と信次郎が生活している家に行かせた。
 木村和枝に強く勧めた高校進学。この時の和枝は頑として進学を辞退した。そして、旅館の手伝いを始めた。
 初心者として仲居の仕事に就いたのである。


 そんな和枝に、ユキは信次郎の元に行かせた。信次郎の案内で、和枝も街の雰囲気に触れて、息抜きして欲しいとのユキの心遣いだった。。


 その夜。年寄りは床に就くのが早い。祖母の就寝を確認すると、信次郎は和枝の寝ている部屋に忍び込んだ。
 エネルギーが有り余っている年代。最早、信次郎の行動は止められない。


 お互い初めてだったので、すんなり進まない。やっと彼女と愛し合えたその瞬間、信次郎は頭を叩かれたようなショックを受ける。彼の中にフラッシュバックが起きたのだ。
 彼は、思わず腰を引いた。


 和枝の母が亡くなった通夜の席で、身じろぎもせず横たわったたった一人の肉親である母の姿を見つめ続ける幼い和枝。その記憶が信次郎の脳裏に焼き付いていた。
 更に、後に母から聞いた話も浮かんで来る。


 通夜に出席してくれた人達の中に、
「あの子は母親が亡くなったというのに、涙一つ流さず泣きもしない」
と漏らす人が居たと。和枝の事である。


 夜が更けると、幼い和枝は睡魔に勝てず、母親の体の側に俯して眠ってしまった。ユキは和枝を抱き上げ別室に運び、寝かせた。
 暫くして様子を見に行くと、和枝は枕をびっしょり濡らし、顔には流した涙の後が乾いて残って居たと言う。和枝は寝ながら泣いていたのだと、ユキは信次郎に語った。


 それらの記憶が、信次郎の頭の中を駆け巡た。最早、激しかった彼の欲情は静かに収まってしまった。


 それから後も、時折和枝に性欲を覚えたが、その度に、あの夜と同じ光景が現れる。和枝の母が、我が娘を守ってるのでは無いかと邪推したくらいである。
 保来は、和枝に性的な欲求を満たすのは諦めた。


「そうだったんだ」
 和枝は感慨深げに呟いた。
「もう、和ちゃんは抱けないと観念した時、和ちゃんとは一緒になれないと諦めた」
「どうして?」
 分かっているはずなのに、和枝が敢えて問う。


「男は生理的に女が欲しくなるもの。その欲求が満たされなければ、他の女に行く。それって、不倫だろ。和ちゃんに申し訳ないもの。和ちゃんだって嫌だろ?」
 和枝は、クスッとわらった。信次郎も微笑んだ。


「兎に角、俺は呪縛から解放された。和ちゃんを抱けたなんて、こんな嬉しいことはない」
「もう、私のお母さんは出てこなくなった?」
「うん」
「そうかー。あの時私は寝ながら泣いていたのか。知らなかった。自分でもね、何故涙が出てこないのかと思っていた。とっても哀しかったのに」



「和ちゃん、ありがとう。俺たち家族のために和ちゃんの人生を犠牲にしてくれて」
「あら、私、自分を犠牲になんかしていないよ。寧ろ、孝太郎叔父様や信ちゃんのお陰で、生活の心配なく探偵業を楽しませてもらってるんだもの」


「籍、入れよう」
「それはね、期待凄く薄いけど、赤ちゃんが生まれてから」
「どうして?」
 信次郎は不思議そうな表情をする。和枝は、ただ微笑み続けているだけだった。


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