創作小説

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回り道 その11

 船出


 午後一時頃、拓海が昼食を食べにキッチンに2階の部屋から降りて来た。いつものサイクルだ。
 智子は、既に料理をテーブルに並べている。


「あのさ、俺、来週からアルバイトするから」
 食事をしながら拓海が言う。
「あら、そうなの。良い事じゃない。どういう所で働くの?」
「トンカツ屋」
「トンカツ揚げて売るの? それとも料理を提供する方?」
「ビジネス街にあるトンカツがメインの食べ処」


「よく見つけたわね」
「友達の紹介」
「定時制のお友達?」
「そう。其奴はそこでアルバイトしてる」
 定時制には、職業を持った人など、幅広い層の人達が通う。


「誘われたんだ。それで、何時から何時まで? 休みは?」
 食事を出す都合もある。智子は拓海にスケジュールを訪ねる。
「十時半から一時半まで。ビジネス街にあるからそれに合わせて、土日祭日は休み」
「えーと・・・」
 智子は指を折り、数え始める。


「3時間」
「そうね。でも、中途半端な時間帯ね」
 智子にとって、物事は区切りの良い時間で計算してしまう。30分単位のスケジュールは半端に感じる。


「分かった。ご飯どうする?」
「朝飯だけで良い。昼は店で食べさせてくれる」
「時給は幾らなの?」
「厨房の中の手伝いだし、新米だから860円。交通費は出してくれる」
「う~んと、3時間だから・・・」
 年を取ると、なかなか暗算がスムーズに出来ない。況してや計算し辛い端数もある。


「一日2580円。一ヶ月二十日働くとして51600円」
 拓海がパッパと答える。お金を貰う立場だから、既に計算済みなのだろう。
「金額としてはどうなのかしら?」
「安いと思う。余り高い金額では雇えないと言う事で。この金額でいいのなら来て欲しいって。俺、お金が欲しいわけでは無いから丁度良いなと思って」


 確かに、父・大介の収入は多い。沢登母娘の食や住を賄い、更に、智子には家政婦代として小遣いまで上げている。
 勿論、拓海も父親の収入恩恵を受けて、小遣いとしてそれなりの額を貰っている。


「何でアルバイトをする気になったの?」
「だから、友達が誘って来たから。家で暇してるなら働いてみなって。しんどいけど、色々変化があって面白いから。これから先、社会の中で暮らしていくのだから、今から経験して置いて損は無いよって」
「そう。良い人みたいね」
「うん。チョット遊び人風でもあるけど」


 確かに、家で閉じ籠もってているよりは、社会経験を積めばそれだけ経験値が上がる。智子には反対する理由が無い。
「慣れたら、そのお友達という人、連れてらっしゃい」
 智子は、自分の目でその友達の品定めをしたかった。


 その晩、智子は大介に拓海のアルバイトの件を話す。
「良い方向に行ってるね。これも、一重に智ちゃんのお陰だ」
 それとなく、智子を褒める。


「それは良いんだけどさ、拓海君の友達という人が。本当に良い人ならいいんだど・・・。拓海君がチラッと、遊び人風だって言ってたのが気になる」
「良いじゃ無いか。拓海は男だ。犯罪に手を染めたりしなければ、多少羽目を外した処で。いや、却ってその方が大人になっても安心だ」
 大介は、全く気にしていない。


 世間の荒波を知らずにいきなり社会に出るよりは、少しは遊びや様々体験して置く方が落ち着きを持って対処出来る。それが大介の考えだった。


 それよりもなりよりも、向き合ってビールを飲む智子が色っぽい。その方が気になる。
 彼女は風呂から上がってパジャマ姿。薄手のに羽織る物を掛けているが、胸元までは覆ってない。パジャマも、首筋まで止めて無く、少し開いている。智子の動きによっては、胸の谷間もチラチラ覗ける。


 大介はこの様なシチュエーションを待っていた。ほぼ単身者の生活と同じ、実に殺風景な景色に魅力的な花が咲いた。
 智子に、単に家事をして貰いたくて引き入れたのでは無いのだ。


 女性経験が決して少なく無い大介であるが、やはり好きだった智子と一緒に居る。邪(よこしま)な気持ちを持たない筈がない。
 男という者は、年齢に関係無く、大した露出でも無いのについつい目が行ってしまう。
 しょうもない生物ではあるが、本能がそうさせるのだ。


 大介が智子に、時折ゴマをするとか、或いはお世辞を使うのも、こんなシーンを長く続けたい為でもあった。
 最も、大介の気持ちがそれだけなのかどうかは、分からないが。