創作小説

小説を主に掲載していきます。

ほら探日記Ⅱー33 恋慕の果てに 4


 保来信次郎は、調査報告書を丸畑に渡さず、おもむろにページをめくる。
「結実子さんは、埼玉の地方都市で建築業をしている人と結婚しています」
「そいつは、いや、その人は歌手の卵だったと言う奴じゃないだろうね」
 丸畑は、保来の話をぶった切って入って来た。
「先ず、違うでしょ。旦那という人は当時、建築会社社長の息子という立場だったと聞いています」
 保来は、その辺を少し詳しく語る。

 由井結実子は、帰郷すると母の手元になって若女将となった。旅館は家族経営に従業員が数名。繁昌期には数名のパートも来てくれるという、こじんまりした旅館だった。
 その旅館に、後に結実子が嫁いだ工務店の社員や関連職人達が社員旅行という形で遣って来た。
 その中に、工務店社長の息子も居た。彼は酒を飲み過ぎ少々暴れる。酔い潰れてやっと大人しくなった彼を、若女将の結実子が介抱する。
 それが縁で、彼は月に二度三度と旅館を訪れるようになった。


 そんな姿を見て、従業員達の間で噂が立つ。
「あの人、若女将に気があるのよ」
 それは、間違ってはいなかった。事実、その男は結実子に一目惚れしていた。また、結実子も満更でもない、気持ちだった。


 半年ぐらい通って、男は結実子にプロポーズした。結実子は女将を引継ぐ予定でいたが、それをアッサリ捨てた。
 結実子には、妹が居た。その妹に女将の座を譲ったのである。


「お二人の馴れ初めはその様だったそうです。歌手の卵なんて何処にも出てきませんでした」
 保来信次郎は、自分が聞いて来たかのように説明した。
「そうか。彼女はやっぱり旅館に帰ったんだ」
 そうなると、もし自分があの時旅館を探し当てて居たら、自分は旅館の主と成って居たかも知れないと、丸畑は少し飛躍して考える。
(旅館の主か。悪くなかったな)
 タラレバは、誰でも思うものだが決して現実では無い。 


 ここで、保来は丸畑の気持ちを測るように問う。
「結実子さんにお会いしたい気持ちになりましたか?」


「そりゃ、会いたい気持ちが無いと言ったら嘘になる。でもね、自分もそうだけど彼女だって大きく変わってしまったでしょ。私の中にある彼女と現在の彼女と大きくかけ離れていたら。楽しい想い出として残っている恋心が、何だかなーって、気持ちになる。元気で過ごしているのならそれで良し。歌手の卵が吹っ飛んだだけでも満足だ」
 心の広いところを見せる丸畑だが、心なしか寂しそうでもある。


 そんな丸畑の気持ちを案じて、保来は語り掛ける。
「若しかしたら、歌手の卵の件。あれは丸畑さんの気持ちを確かめる為に吐いた結実子さんの作り話かも知れませんよ」
 下向き加減だった丸畑の視線が、グッと上がり保来を見る。分かり易い丸畑。


「恐らく、親から『帰って来なさい』とでも言われていたんでしょ。彼女は気持ちを整理するために丸畑さんの心の中を知りたかった。時間が無かったのでしょう。だから、刺激的な作り話をしたのかも知れませんね」
「そうか。そう言う解釈もなり立つな」


「丸畑さんの気持ちからすれば、あの時、結実子さんを胡散臭い女垂らしから守る事ばかり考えていたんでしょ? もし、あの時点で丸畑さんが『そんな男より俺と一緒にならないか?』なんて言ってたら、丸畑さんの人生が違っていたかも知れないですね」


 保来は、まずそうではあるまいと思いつつも、丸畑の気持ちを持ち上げるため、そう言ってみた。
 案の定、丸畑に元気が戻った。折角の調査依頼人。大事なお客さんである。気持ち良く帰って貰うのも一つの役目と保来は考えている。
 方便も、時には役に立つ。


「彩音くん! 結実子さんの写真。想い出が崩れるので見たくないって。封筒から抜いといて!」
 保来が彩音に伝える。
「ちょっと、ちょっと待って下さいよ。結実子さんの写真、有るの?」
「ええ、撮って来ました。一応、実際に調べたと言う証拠になりますので」」
「先に言ってよ。撮ってあるのなら貰いますよ」
「いや。後から、そんなの見たくなかったなんて言い出す人も居ますので。一応色々お話を伺ってからにしてるんです」
「そうですか。取り敢えず、私の場合は写真を入れて置いて欲しい」


 保来は、写真を封筒に戻すよう彩音に指図すると、再び丸畑に体を向けた。
「丸畑さんは、ストーカーとか犯罪に走るようには見えないのですが、一応、結実子さんの詳細な住所は、調査報告書には載せていません。最近、我々探偵社で居所を調べさせ、押し入って重大な犯罪を起こした男も現れています。なので、調べ上げていたとしても、詳細についてはお渡しするに難しいものがありますので、どうぞご理解下さい。どうしてもとご所望されるならお渡しします。ジックリ考えて後ほどにでもご連絡頂ければ」


 不倫のような、道徳的にみて明らかに不味いとか悪いとかなら、躊躇することなく調べ上げたことを差し出せる。が、異性への調査は、例えかなり過去の縁であっても慎重にならざる得ない。
 特に丸畑の場合は妻も居るし子供も居る。波風立てる必要がないと保来には思えるのだ。


[ボグゼ] ウィンドブレーカー 作業服 ジャンパー 軽量 マイクロブルゾン メンズ グリーン M
[ボグゼ] ウィンドブレーカー 作業服 ジャンパー 軽量 マイクロブルゾン メンズ グリーン M
Boxe
ウェア&シューズ


music 星に隠れんぼ