創作小説

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ほら探日記Ⅱー28 信次郎珍しく動く 1


 宮下は、刑事という仕事が邪魔してか、なかなか彼女が出来なかった。いま、偶然にも彩音と知り合った。そして、彼は彩音に一目惚れのような感情を持つ。
 また彩音も、上京してこの方、同年代の若者と触れ合う機会が無かった。彩音もまた、誠実そうな宮下に親しみを抱く。
 とは言え、警察と利害関係が微妙に重なる部分もある探偵業の彩音。宮下は積極的になれない気持ちもある。


 そんな二人の雰囲気を、保来信次郎は敏感に嗅ぎ取っていた。彼は、ぐうたらな性格に似合わず、人の心を読むのに優れていた。


 信次郎、珍しく動く


 保来探偵事務所に、定年間近な男が調査依頼を持って来た。


「私は来春には定年退職です。会社では過不足なく仕事を熟して来た。見ようによっては、重要部署で無いその他の歯車の一個、という立場だったかも知れないが。家庭も平凡で大きな問題も生じず今日に至っている。波立つ面積も無い小さな小さな湖沼と言う感じです。それは若い時からそうだったのでは無く、好きだった女性と別れてからです」
 依頼の内容より先に、自ら己の半生を語り出した。


 男の名は丸畑。彼の話は前置きだったのだろう。そうでもしないと、依頼内容を切り出しずらかったのか?
 保来信次郎の目には、彼は気まぐれで依頼に来たのでは無いぞと釘を刺しておきたかったのかも知れない。


「息子達は独り立ちし、娘も無事送り出した。現在は妻と二人で暮らしている。私は未だ仕事が残っているが、閑職な位置に追いやられ、刺激が無い。会社でも家でも存在感が薄れてしまい、生きるのが詰まらなくなって来た」
 このパターンは、多くの人に訪れているのかも知れない。


「若さでエネルギーが溢れていた時代。未来など考えずに遊びや仕事にがむしゃらに生きていた時代が懐かしく、そんな想いに耽っていたら、人生最大の恋をしたある女性のことが浮かんで来た」
「その女性と大恋愛されたんですね?」


「そうなるのかな? 若し自分が、その彼女にもっとプッシュしていたなら、私の人生は大きく変わっていたのでは無いかなと、そんな風に思う様になってね。それと同時に、彼女は今頃どんな暮らしぶりをしているのか気になって。勿論、彼女の所在や生活状況が分かったとしても、今更追い掛けて波風立てる積りはありませんよ」


 女性は、過去の男をキッパリ忘れられる人が多いと聞く。所が、男性は未練たらしく、何時までも「彼女はー。彼女がー」と、忘れられないようだ。
 恋愛に関しては、女々しいという字を、男男しいに変えた方が良いのかも知れない。


「その別れた女性の名は由井結実子と言います。彼女とは東京で出会いました。でも、何故か実家に帰ると言いだした。実家は旅館業を営んでいると。保来探偵さんの実家も旅館業だと聞いています。それで、此方に頼めば確実では無いかと思って」


 探偵社には、元カノ調査依頼が偶に来る。だが、旅館繋がりのある調査依頼は初めてだった。丸畑の言う様に調査し易いのかも知れない。逆に、却って遣り憎いかも知れない。
 それにしても、一般には知られていないと思っていた保来の実家の職業。彼はどうやって知ったのだろう。保来にはその点が少し気になる。


 取り敢えず、暇な探偵社という汚名が広がるのを防ぐ為に、丸畑の依頼を受けることした。
 保来は、調査するに当たり、丸畑が知る由井という女性の詳細を聞き出そうとする。すると、丸畑は由井との馴れ初めから話し始めた。
 丸畑は、誰にも語れず心の中で悶々として来たものを、ここで一気に吐き出すつもりなのか。 
 保来は、彼の話が脱線して、武勇伝に走らないのを願うばかりだ。


後藤:かんたん額受け 想い出くん なげし用 8062101
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後藤
家の修繕