創作小説

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ほら探日記Ⅱー23 巡り合わせ 6


 娘の彩音が父・孝太郎を待ち構える。
「どうだったの?」
「どうだったって聞かれてもな。確かに、週刊誌に載ったのは息子の信次郎だったよ」
「それで、会って何話して来たの? 何か言われた?」
 彩音にしてみれば、二十年間弱も音沙汰無しの父親が突然現れたのだから、特別な会話が有ったのではと思うのだ。


「会わなかったよ」
「どうして?」
「忙しかったんだろう。留守だったんだ」
 孝太郎は、足が進まなかったことを隠した。
「夜とかに、また行ってみれば良かったのに」
 期待外れだったのか、彩音は不満げに言う。
「探偵という仕事はね、調査に入ると昼夜の分け目が無いんだよ。場合によっては2~3日泊まり掛けになることもザラなんだ」
 彩音は、つまらなそうな表情で母・幸恵の所に行く。


 上京時の様子を知りたかったのは幸恵の方だったのではないかと、孝太郎は思う。若しかしたら、孝太郎は東京に行ったまま帰って来ないかも知れない。幸恵はそう心配していただろう。
 孝太郎が帰って来ても、彼に里心が付いて「やはり東京に住みたい」と言い出しはしまいかと、気がきでないのだろ。


 そう考えると、息子や木村和枝に会わなかったことは良かったのかも知れないと、保来は自身に言い聞かせた。
 それからだった。彩音が孝太郎に探偵業の話を自ら求めるようになった。


 とかくこの年代の娘は、男親を無視したり邪険な態度を取る。息子が同じ様な態度を取っても、これは大人になる必要な成長段階と納得するが、娘の場合は精神的にかなりきつい。
 ところが彩音は、友達のように父親に話し掛け、そして聞いた。嬉しいのは当然。彼の周りには語り合える人物は余りに少なかったから尚更だった。


 孝太郎は図に乗って、探偵業での経験を目一杯膨らませた自慢話を、彩音に語る。
それがいけなかった。
 彩音の高校卒業が後半年と迫った時、
「私も東京で、探偵業をしたい」
 と、言い始めた。


「牧場の仕事を手伝うって、言ってたじゃない」
 当然、幸恵が憤慨する。
 年老いて働けなくなる両親と、やはり、無理の利かなくなったかりそめの旦那。幸恵だけが戦力として動ける状況。やはり、若い彩音に牧場を継いで欲しい。
 願わくは、良き夫に巡り会い、盛り上げて欲しい。


 今は未だ、全員何とか動ける。夫の妹も、毎日ではないが手伝ってくれる。幸恵の両親が引退する迄に、娘に牧場の仕事を覚えて欲しい。一人前になって欲しいのである。
 それに、女性一人東京に送り出すなんて考えても恐ろしい。


「そんなのって狡いよ。お母さんだって東京に行ってたじゃない。私だけ、こんな何もない田舎に閉じ込めておく気なの」
  尤もな言い分ではあるが、だからといって「はい、そうですか」と、一つ返事で娘を上京させる訳にはいかない。
 然りとて、子供が親の思い通りにならないのは世の常。彩音は頑として東京行きを譲らなかった。


 脇で聞いていた孝太郎は、子供達が自由に振る舞いたく思うのは、自分の遺伝子だなと、変に納得する。
「幸恵さん。どうだろう、ここは一つ彩音の希望を叶えさせてはどうだろうか?」
「何言ってんの。黙っててよ。私の気持ちも知らないくせに」
 怒りのとばっちりが孝太郎に向かう。


 そう言えば、孝太郎が東京に行きたいと妻・ユキに告げた時、やはり同じような台詞を言われた覚えがある。
(ユキは、女将の後継者を見つけただろうか?)
 黙っていろと言われた孝太郎は、郷里の旅館で奮闘しているであろうユキの姿を想い浮かべた。


「孝太郎さん! 何黙って居るのよ。何か言って遣りなさいよ」
 幸恵が興奮しながら、孝太郎に矛盾する言葉を投げ付ける。孝太郎は幸恵の言葉をあげつらうことなく彼女の言葉に従う。


「彩音は、探偵をしたいんじゃなく、幸恵さんも望んだ東京の空気を味わいたいのだよ。それに、血を分けた兄にも会ってみたいんだろう? 私の実家の旅館にも行ってみたいのかも知れない。ここに居たのでは何も出来ないという不満があるんだろ。期限を設けて行かせて上げたら?」


「そうよ。お父さんは私の気持ちをチャンと分かってる」
「でも、彩音一人じゃ心配になるのは当たり前でしょ」
「信次郎が住んでいるところに住み込めば良い」


「ええっ? そんなこと可能なの。若い娘が住めるスペース有るの?」
「アパートも経営しているから、無料で部屋を借りれば良い。彩音は私の娘だから、信次郎もその位してくれるさ」
 幸恵は、渋々折れた。


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