創作小説

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ほら探日記Ⅱー45 秘密の調査 2


 父・孝太郎が戻ってから数日経った。
「わし等、旅館の方に行くから」
 孝太郎は信次郎に突然告げる。信次郎は、いよいよ決着しに行くのかと胸が騒ぐ。


 孝太郎と幸恵が実家の旅館に着くと、真っ先に娘の彩音が出迎えた。木村和枝も現れる。
 いよいよ波乱が始まる。二人は和枝に案内され、女将・ユキの待つ部屋へと向かう。


 ユキは、前もって彩音から夫・孝太郎達の来訪を聞いているので驚きはしない。孝太郎と幸恵が部屋に入ると、ユキの鋭い視線が二人を刺す。
「ユキ。色々心配掛けて済まなかった」
「どんなご用で来たの? 私に、離婚用紙に捺印して欲しいの?」
 いきなりである。ユキの言葉は、弁解を許さぬ程峻烈だ。


「離婚を望んで遣って来たのではない。だが、離婚した方がスッキリとするならそれはそれで良い。しかし離婚となると、相続とかが問題になる。最も、俺はこの旅館もその他の財産もユキや信次郎に総て渡すつもりでいるが」
「離婚はしないと言ったら、あなたはこれからどう生きる積りなの?」


「申し訳ないが、ここに居る幸恵と北海道で暮らしたい。俺はどうも、不特定多数の人達と接するのに疲れた。あの、北海道の自然が溜まらなく好きなんだ。動物たちと接して生きる道を望む。北海道に戻ったら、俺は二度とこの家に帰らない。北海道の地に骨を埋める積りだ」
「私が嫌なの?」


「そう言うことでは無い。ユキは優秀な人間だ。俺が居なくても充分遣って行ける。幸恵は俺が居ないと困る。今は人に貸している牧場も、この先どうなるか分からない。もし、何かあっても対処するに幸恵一人では荷が重すぎる。支えになってやりたい」


「分かりました。あなたの望む方向を認めます。ただし、彩音さんが望むなら、私が預からせて頂きます。それで宜しいですね?」
 ユキのその言葉に、幸恵が口を開いた。
「はい。彩音を宜しくお願いします」


 ユキが、彩音の意志を優先してくれると知って、彼女は安堵する。


 この結論に至るまで、幸恵も散々考え抜いた。その末に出した結論である。
 彩音に牧場を継いで欲しい気持ちはあった。しかし、中途半端な、否、小規模の部類に入る牧場を彼女一人に背負わすのは心苦しい。
 結婚したにせよ、年老いた両親を抱え、彩音が果たしてどれ程耐えられるのだろうか。そう思うと、やはり自由にさせるのが彩音にとって悔いが残らない生き方だろうと考える。
 そんな思いもあり、牧場に夢を抱く若い人達に場所を提供した。


 勿論、牧場の総てを彼等に手渡したのでは無い。仮に彩音が牧場に戻ってくるようなことがあれば、彼等の仲間に入って素晴らしい企業に育てて欲しい。
 それまでは、若い人達の指導も兼ねて、もう暫く牧場経営に携わる積リなのである。
 此処でもやはり、後継者問題はついて回る。


 大きく揉めると思ったが、以外にも簡単に問題は決着した。結局、孝太郎とユキは両者とも納得の上での離婚という形になった。


「わしはユキに話が残って居る。幸恵は温泉にでも入って来なさい。温泉の質は良いぞ。なにせ、源泉掛け流しだからな」
 孝太郎は幸恵を席から外す。


 孝太郎とユキは二人っきりで何やら話す。暫くして木村和枝が呼ばれた。
「和ちゃんに折り入って話がある。今、ユキに話したのだが、やはり和ちゃんにも伝えておくべきだとなった」
「改まって何の事でしょうか?」


「実は、和ちゃんの父親の所在が分かった」
「ええ? 私の父・・・ですか?」


「そうだ。和ちゃんがわしの事務所を手伝ってくれていた頃から、暇を見ては探していたんだ。例の件で暫く間が空いてしまったが、何とか探し出せた」
「そんなー。私の為にそこまでしてくれていたんですか。私にとって父は居ないも同然だったのに。すいません」


 和枝の言う「すいません」は、父を探してくれて有り難うの意味では無い。勿論、孝太郎もユキもそれは分かる。
「私たちの為に骨を折って下さっていたなんて知りませんでした」
 和枝は再び頭を下げた。


「和ちゃんの気持ちは私たちにも少しだけ分かる。だから、無理して会わなくても良いのよ。家(うち)の人に義理立てしなくて良いのよ」
 ユキが心から心配して言う。


「そうだよ。ジックリ考えてから結論を出しなさい。ただ、和ちゃんのお父さんは癌で入院していて、もう長くないようなんだ。長い時間は待ってくれないかも知れない」
「叔父様は、父に会ったのですか?」
「直接は会っていない。ただ、家族とは正体を明かさずに少しだけ話を聞けた」
「父には家族が居たのですか?」
「恐らくだが、お父さんは和ちゃんの存在自体、知らないと思う」
「そうですか」
 和枝はそれ以上喋らなかった。


「和ちゃんが考える通りにするのよ。決して私たちに気を遣ったりしては駄目よ」
 ユキは和枝に念を押すように言う。

ほら探日記Ⅱー44 秘密の調査 1


 秘密の調査


「今日は、父さん一人で調査なの?」
 調査は、殆ど孝太郎と幸恵のペアで行っていた。息がピッタリで仕事が捗(はかど)るのか、二人は常に一緒に動いていた。


「何か大切な調査をしているらしく、私にも内容が分からないのよ。調査が完了するまで2~3日泊まってくるって」
 信次郎は、父の調査に興味は無い。
「泊まりがけで調査? 事件絡みなのかな?」
 信次郎が心配する。


 「ヤスキハイツ」アパートの3階に住む信次郎の部屋に、父・孝太郎と平原幸恵が現れて数ヶ月が過ぎた。
 その間、二人は殆ど一緒だったので、信次郎と幸恵の二人だけになるのは初めてだった。
 信次郎と幸恵の年齢差は一歳。幸恵の方が年上だった。


「親父は一体何を考えているの? 此処に居座る積リなのかな?」
「私たちは邪魔なのね」
「いや、別にそう言う積リでは無いが・・・」
 実のところ、信次郎はとても邪魔に感じていた。色々見張られているような感じがして落ち着かない。


 信次郎の心を見透かすように
「私たちを意識しないで、自由にすれば良いのに。例えば、和枝さんに会いに行くとか。仕事の依頼が入ったら、私たちが対応して上げるから」
「別に、和ちゃんに会いたくなったわけでは無いよ。でも、例え実家に帰るにしても、今は時期が悪い」
 帰りたくても帰り辛くさせているのはあんた達だろうと言いたいのを、信次郎はグッと堪える。


 孝太郎から信次郎の性格を知らされているのか、それとも幸恵の頭が良いのか、信次郎の気持ちを察して幸恵が言う。
「もう少しで総てが終わると思う。孝太郎さんから調査の内容を誰にも言うなと堅く口止めされているから詳しくは言えないけど」
 隠しきれないと思ったのか、幸恵はそう前置きにして孝太郎の行動を説明する。


 孝太郎が意を決して上京したのには二つの理由があった。一つは、妻であるユキとの間をスッキリとケジメを付ける為。
 もう一つは、孝太郎が探偵業現役だった頃の調査を継続する為だった。


「当時、孝太郎さんはある調査をしていた。暇を見ては僅かな手掛かりを辿って調査していたが、北海道に来る事になり、結果的に私たちと暮らすようになった。なので、調査が中途半端のままだった。今、孝太郎さんはその調査を継続しているところ」


「やはり、桜谷貴子の件?」
「それは違う」
「そんな過去の調査を継続しているなんて、余程大事な依頼なんだね。依頼主がよく我慢しているな」
「そうね」
 幸恵は、含みのある笑いを浮かべる。


「親父はお袋と離婚するつもりなの?」
「多分」
「それじゃあ、親父はあなたと一緒に北海道に帰るんだ」
「それはそうなって欲しいけど。でも、貴方のお母さんに会って話してからでしょ。どうなるかは分からないもの」


「幸恵さん自身は、親父と一緒に暮らしたいのかな?」
「出来ればね。だって、彩音が保来家に取られるかも知れないもの。私が孝太郎さんを貰っても良いでしょ?」
「だよな。お袋も多分そうすると思う。それで、親父も矢っ張りあなたと暮らすのを望んでいるのかな?」


「孝太郎さんは北海道の大地が好きだと言っていた。幼い頃から山並みに囲まれて育って、空が狭く感じていたからなのか、広い空の下で暮らしたいという夢を持っていたそうよ。きっと、住んでいた地域が狭く、息苦しかったんでしょうね」


「うん、俺もそんな気持ちがあった。広い所で心を暴れさせたいと言う想いが。でも俺の望みは、沢山の人が渦巻く都会だったけど」
 信次郎は、若い時に抱いた想いを振り返る。

ほら探日記Ⅱー43 新たなコンビ 4


 父の孝太郎は上京間もなく、既に色々動いていた。幸恵の東京見物と説明していたが、実は一緒に何かを調査していた。
 そんな父の行動を、保来は不思議に思う。


「父さん、一体何を調査してるんだ? まさか、「繭の館事件」の桜谷貴子を調査しているのか?」
「まあな」


「あの人と直接会ったけど、もういい歳だよ。何も出来ないよ。誰かに依頼するにせよ、そこから情報が広がる恐れがある。彼女は、いや、彼はかな、そんなバカなことはしないよ」
「そうか。それは良い事だ。わしも枕を高くして眠れる」


「ハハーン。調査しているのはその件じゃないんだ」
「だから言ったろ。わし達は自分で稼ぐと」


「えっ、父さんに調査依頼が来ているのか?」
 ここの所、保来探偵社に暫く依頼が入っていない。


 突然現れた孝太郎に、既に仕事依頼が舞い込んでいると知り、信次郎は驚く。
「お前とはキャリアが違うんだよ。俺が創り上げた裾野は広いんだ」
「と言うことは、二十年も前の顧客さんが調査依頼して来てくれたの?」


「そんな、一生に何度も調査を依頼する人は少ない。お前も知ってるだろうけど、弁護士等を通して依頼を受けたのさ。当時の弁護士達は偉くなって一線を離れている人が多いが、一声掛ければ気軽に応じてくれる人ばかりだからな」


 そう言えば、信次郎もその様な弁護士事務所を一カ所知っている。ただ、対応の多くを木村和枝がしていた。 
 孝太郎は、昔の知人を訪ね歩いて長い間の不沙汰を詫びて歩いていた。その過程で、小さな仕事だが依頼を受けていた。


「また、ここで探偵をするのは構わないけど、北海道の牧場はどうなの?」
「牧場か? 牧場は畜産系の大学を出た若者に貸している。説明が面倒だから省くけど、幸恵の縁戚に当たる若者だ。何だか、近代的な牧畜経営を立ち上げたいと、何人かの仲間と頑張るんだって。目処が立てば近隣の牧場も誘いたいと、夢は北海道の様に大きい。」


「起業か。若者のその気構え。父さんも応援したくなったんだ?」
「決めたのは平原家。俺は居候。尤も、若者の夢に応援はしたがな」
「それで、仕事が無くなって東京に出てきたんだ」


「そうでは無い。牧場を貸して、我々は貸家に住む道もあった。でも、幸恵さんがもう一度東京に言ってみたいと。彩音の事もあったしな」
「幸恵さんのご両親は?」


「父親は他界している。母親は彼女の妹夫妻と一緒に住んでいる。病院が近くにある街でな」
「だからなのか。牧場を放り投げたのは」


「放り投げた? バカ言うんじゃ無い。そう決めるまで、擦った揉んだして散々考えたんだ。もう、年齢的に無理が利かなくなってきたんでな」
 父・孝太郎達の事情は掴めた。


 東京に出て来たは良いが、ここには更に大きな問題が立ちはだかっている。
「母さんには何て言うの? 黙って居る積り?」
「いや、非常に重要な伝えたいものがある。もう少ししたら、幸恵さんと一緒に旅館に行くつもりだ」
 父が、母に離婚を申し出に行くのかと、保来は思う。

ほら探偵のらりくらり日記Ⅱー42 新たなコンビ 3


 信次郎は将来に不安を覚えた。木村和枝の居ない探偵社なんて有り得ない。
 信次郎の心を見透かす様に、孝太郎が言う。
「お前が探偵業を遣らない積りなら、あの事務所を引き払え。誰かに貸した方が遙に儲かる」
「俺に、探偵業を辞めろと言うのか?」
 信次郎が反発する。


「辞めたければ辞めれば良いが、俺は辞めろとは言って無い。事務所を、玄関近くの空いている部屋に移せと言ってるんだ」
 孝太郎の言う事務所移転の案は、信次郎の頭の中には全く無かった。


 孝太郎は続ける。
「今貸している学習塾を事務所を開けた部屋に移して貰い、道路沿いの空いた部屋は店舗として貸し出す。まあまあ人通りが有るのだから、上手に経営すればそこでも稼げる筈だ」
 孝太郎の案は、一つのアイディアとして悪くはない。


「うん。良いかも知れないな。丁度、後3ヶ月ぐらいで学習塾も出て行く予定なんだ。最近はライバルも増えたし、少子化もあって経営厳しいみたいだから」
「それは好都合。探偵事務所後には、会計か法律事務所あたりに入って貰うと良いな」


「父さん。入居者選びは難しいんだ。こっちの希望通りにはならないよ」
「そうだな。その辺は不動産屋に頑張って貰おう。そうそう、俺たち暫く此処に居るから宜しくな」


「ちょっと待って。2~3ヶ月って言ってなかったっけ?」
「何か、ここでまた探偵業をしたくなった。なんなら、ズーッと居ようかとも思い始めた所だ。部屋も空いている事だし」
 すると、それまで黙って二人の話を聞いていた幸恵が一言。
「宜しくお願いしますね」


「生活費はどうするの。アパートの家賃収入分配は母さんに決められていて、余計に貰えないよ?」
「何とかなるさ。俺たちも稼ぐから」


「どうやって稼ぐの。父さんはいい歳だから仕事少ないよ。交通誘導員でも遣るつもり?」
「お前、何を言ってるんだ? 探偵業に決まってるじゃ無いか。今言ったばかりだろ」


「聞いたよ。だけど、調査の依頼なんて殆ど無いよ」
「俺はお前と違う。良いから見とけ」
 信次郎に反論の余地は無い。反論したところで、父親には敵わない。


 こうして、孝太郎と幸恵が、信次郎と一緒に暮らす事と相成った。それは、孝太郎と幸恵が仕組んだ出来レースの様にも思える。


 孝太郎は、住まい兼事務所にするよう提案したが、さすがにそれは信次郎が拒む。


 そこで、アパートの空いていたワンルームを改装する。その新しい事務所は一ヶ月余で完成した。
 将来、再び部屋として貸し出しが出来るように、置き床方式を選択。5センチ高の支持脚とセットの合板付きタイルパネルを並べて元の床を覆う。
 仕上げにタイルカーペットを敷いて完成。これなら、土足で出入り出来るし、足音などの騒音もかなり少なく出来る。


 トイレ無しのユニットバスは、傷つけないように覆い、物置兼更衣室にした。変装するための着替えをする為だ。
 また、来客に見せたくない色々な小道具なども収納出来る棚も作った。


 トイレ室は、思い切って便器も替え、温水便座も設置した。序でに、壁紙やCF床シートもこぎれいな雰囲気の物に替える。


 1階にあった事務所に比べれば手様だが、感じの良い事務所が出来上がった。最も、保来探偵社に調査依頼に訪れる客は珍しい。
 無用の長物とも言えるが、綺麗だと働く者たちの気分が良い。



music 星に隠れんぼ

ほら探日記Ⅱー41 新たなコンビ 2


 一ヶ月ほど経過する。
「信ちゃん。私、旅館の方に帰る事になったから」
 木村和枝が信次郎に伝える。


 和枝は一ヶ月か二ヶ月おきに旅館に行っていた。アパートの管理状況とか、殆ど収入は無いが、保来探偵社の状況報告も兼ねて。
 それは、旅館の女将であるユキの命令とも言うべき指示だった。


 ルーティーンでもあるその行動に、保来は何時もの事と気に留めなかった。
「若しかしたら、今度は此処に戻って来ないかも知れない」
 和枝の言葉に、信次郎は非常に驚く。


「お袋がそう言ったのか? 何故だよ。折角上手く行っているのに」
 信次郎は母への怒りを込めて不平を言う。


「うん。やはり若い綾音ちゃんには無理みたい」
「彩音が何れ、厭になって東京に戻るだろう事は分かっていた。しかし、だからと言って和ちゃんが責任を取ることは無いだろう」


「責任を取るとかではなくて、お母さんも大分お歳だし、私が出来る事をお手伝いしたいのよ」
「この探偵社はどうするんだよ?」


「叔父様も戻ったことだし、綾音ちゃんも帰って来たら戦力になるよ。私が居なくても大丈夫」
「親父達は期限t限定だって言ってたじゃん。彩音は未だ素人だ」


「私はお母さんに拾われた身。亡くなった母も遺言の様に『何があっても女将さんに尽くすのよ。でないと罰が当たる』と言われてる。私自身もそうしなければと思ってる」
「俺よりもお袋を選ぶのか?」
「だって、信ちゃんは男だし大人じゃ無い。駄目になったら旅館に戻ってくれば良いでしょ」


 結局、信次郎は強引に押し切られる。そして、木村和枝は保来探偵社を去った。


 若しかしたら、こうなったのは父・孝太郎が顔を出したからではないかと、苦々しい気分になる。
「和ちゃんが旅館に帰ってしまったのは、親父の所為だと思っている」
「なんで、わしの所為なんだ?」


「今頃ノコノコ現れて、母さんを刺激したからだよ」
『馬鹿者が。お前は和ちゃんの気持ちが分からないのか?」


「分かっているよ。とても恩義を感じる人なのは。でも、もう十分母さんや俺たちに尽くしてくれたじゃ無いか? 束縛するような真似は止めるべきだ」


「分かってるじゃ無いか。恐らくユキは義理堅い彼女を知っているから、ユキから旅館に戻って働いてくれとは言って無い筈」
「そんなことは無い。何かにつけて『和ちゃんが居てくれたらね』って言ってるんだよ。きっと」


「お前は実際にその言葉を聞いたことがあるのか?」
「無い」
「だったら勝手に憶測で言うな」
 信次郎に言葉が無くなる。


「それにな、和ちゃんに好きに生きなさいと言った所で、彼女が承知しない。現に、信次郎に縁談話が出た時、彼女はどうしたと思う?」
「知ってるよ」


「お前が好きだったのに、縁談が成功するように、保来家の為に、自ら身を引いたのだ。しかも、唐突に『私、結婚するので辞めます』と言い残して消えた。留める暇も無く」
「やはり、保来家の為、旅館の未来の為だったんだ」


「そうだとも。どんな気持ちでその言葉を吐いたのかと思うと、辛いだろ? さすがに、本当に結婚したのかどうかは聴けないでいるが、間違いなく結婚はしていない」
「うん。それは俺もそう思う」


「そこまで考えてしまう人間だ。我々が何か言った所で余計なことになる。お前は大人しく和ちゃんの好きなようにしてやれ」
 言われてみれば父の言う通りかも知れないと、信次郎は納得する。


【ご存じの事と思いますが、この物語は探偵行動とか事件は殆ど扱っていません。飽くまでも探偵を生業とした人達の人間模様です。尚、「紫陽花の庭」「繭の館」では事件を扱ったものとして、別冊で発表しています】 AmazonKindle本 電子書籍にて