創作小説

小説を主に掲載していきます。

回り道 その19

 拓海を送り出すと、智子は早速大介に連絡する。大介は仕事中。電話としては掛けられない。
 智子は、Cメールで連絡を取る。


【拓海君が菜実さんに妊娠させた。どうしよう】
 未だ確定では無いのに、衝撃的な内容である。



 LINEでも良いのだが、そのLINEには結菜と大介しか登録していない。拓海には断られている。
 結菜とも、智子の要請でメールで遣り取りしている。つまり、普段LINEを使用していないので、遣り方を忘れてしまっていた。
 しっかり教えて貰ったつもりでも、やはり使い続けないといざという時に役立てられないのが年配者。
 そう、IT機器操作では智子も年配者の部類に入る。


 イライラしながら待ちわびていた智子に、大介からの返信が届いたのはその30分後。
 仕事の都合で返信が遅れたのだ。
【了解。帰って話そう】
「また、何時ものペースなんだから。どれだけ大変な事だかまるで分かってない」
 智子の嘆きが部屋に響く。


 大介が帰ってくるなり、智子は掛けよって問いかける。
「ねえ、どうするのよ?」
 まるで拓海の母親だ。
「まあ、落ち着こうよ。飯食いながら話そう。腹減ったよ」


 キッチンテーブルには既に食事の用意がしてあった。
「向こうさんが、結婚してくれとか行ってきたらどうするの? 拓海君は十七歳よ。結婚なんてさせられないよ」
「そうだな。それじゃあ、認知だけして結婚は十八歳過ぎてからにしよう」
「認知!? 何言ってんのよ。結婚させるの?」
「問題や障壁が無ければ、それでも良いんじゃ無い?」
 大介はあっさりと言った。


「問題、大ありじゃない。あー、嫌だ! 呑気なんだから、もう。若しかしたら、この家の財産目当てかも知れないよ。この間来たのは値踏みに来たのかも知れないよ」
「そんなー。ネガティブに考えるなって。孫が出来たのなら、我が家の後継者が生まれること。歓迎すべきだよ。それに、何て言うか、日数的にどうなんだ?」


「どういう事?」
「つまり、我が家に来た日から計算してとか。いや、拓海と付き合いだしたのは何時の日なのか、とか」
「何? 大ちゃんはあの子のお腹の子は拓海君の子じゃないとでも言うの?」
「例えばだよ、例えば!」
「まったく、男って碌な事を考えないんだから」
智子が怒り出す。


「そんなに起こるなよ。だからさ、未だ本当に妊娠したかどうか分からないんだろ。もう少し様子を見ようよ」
「まったくお気楽さんなんだから」


「それにさ、拓海の彼女の写真見せて貰ったけど、今風ではあるけど、悪そうにも遊び人風にも見えないじゃ無いか」
「大ちゃんに、写真見ただけで何が分かるの?」
「嘗(な)めて貰っては困る。営業も経験しているし部下も使っている。それなりに人を見る目は備わっている」
「それじゃあ、私はどうすれば良いの? 『さあ、結婚しましょうね』とでも言えば良いの」
 智子がむくれてまた怒り出す。大介は何とか智子を宥める。


 智子が、こんなにも騒ぎ立てるのが大介にしてみれば不思議に感じる。


 この、一連の会話には、結菜への配慮は無かった。この件は、智子にとっては結菜よりも大(おお)事(ごと)だったのだ。


 結菜は、母親の騒ぐ様子を見て、部屋のドアを開け、聞き耳を立てていた。
 耳に入ってくる会話は、結菜の心を暗くした。


 打ちのめされる気持ち。沈んで行く心。何故その様な気持ちになるのか分からない。否、結菜は敢えて分かろうとはしなかった。
 理解し納得してしまえば、それは拓海が、自分の近くから去って行くことだからである。


 拓海は朝シャワーを浴びてバイトに出掛ける。大概朝食を済ませた後だ。そしてその時、彼はスマホをキッチンテーブルに置く場合が多い。
 智子は、拓海のスマホを覗き見ようとする。しかし、拓海のスマホはパターン認証で解除が必要だった。
 智子のスマホもパターン認証にしている。遣り方は分かっている。


 数日掛けて、拓海のスマホ操作を鋭く観察する智子。認証パターンの指の動きを見極めるためだ。
 拓海は、智子に観察されているなどつゆ知らず、智子の前で、何の疑いも無く操作をする。
 遂に智子は、パターンロック認証の指の動きを、かなりの正確さで捉えた。


 ある日、智子はシャワーを浴びに向かった拓海を見送ると、テーブルの上に置きっぱなしの拓海のスマホを手に取る。
 2度目にパターン認証を解除できた。素早く、ある人物の電話番号をメモすると、スマホを元の位置に置いた。


 数日後。智子は、ファミレスに来ていた。前の席には菜実の姿がある。


「ごめんね、呼び出して。拓海君には内緒にしてくれた?」
「はい」
「ありがとう。貴方はこれから学校があるでしょうから、回りくどい言い回しはやめて単刀直入に聞くね」
「はい」
「拓海君が、貴方が妊娠したって教えてくれたけど、本当なの?」
「・・・。拓ちゃんは何て言ってました?」
 菜実が即答を拒む場合もあろうかと、智子はある程度予想していた。


「拓海君は、自分に子供が出来たと喜んでいたわ」
「そうですか」
「でもね、拓海君は未だ17歳。私には早すぎると思うの」


 菜実も、何故智子に呼び出されたかは十分予測出来ていた様だ。そして、その予想通りの質問を智子から受ける。
 菜実は少し間を置いて、
「ごめんなさい」
 と、頭を下げる。


 そして、顔を上げると、
「拓海君に嘘を吐きました。私、本当は妊娠なんかしていません。ただ、そう言ったら、拓君がどう反応するか見たくて。すいません、からかうような事をしてしまって」
 菜実は再び頭を下げた。そして今度は、頭を上げようとはしない。


「そうだったの。いいのよ。謝らなくても。頭を上げて」
 智子は、それ以上この話を続けられなくなった。
(自分はなんて愚かな真似をしたんだろ)
 智子は心の中で深く恥じた。

回り道 その18

 根草大介と沢登智子はもんじゃ焼き店に入る。
「食事に連れてってくれると言うからどんな食べ物屋に行くのかと思ったら、これなのね」
 智子はもんじゃを頬張りながら言う。


「色々な食べ物を食べた方が良いんじゃ無いかって思ってね」
「う~ん? さては、結菜が大ちゃんに何か告げ口したな」
「告げ口なんて結ちゃんが可哀想だよ。あの子は、お母さんの力になりたいと思って教えてくれたんだから」
「うん、分かってるって。結菜はあれで結構他人思いなのよ」
「そうだね。賑やかに振る舞っているけど、それは俺も感じる」
「それじゃあさ、これから私を沢山食事に誘ってね。大ちゃんと一緒に食べ歩けるなんて嬉しい」


 大介は、智子の言葉に本心なのかと疑ってしまう。
(本当は、俺が金を払うので、それでリップサービスとして言ってくれたのか?)
 疑りたくなるのも無理は無い。何しろ、カラオケルームでの、智子の張り手はかなりトラウマだ。


「俺はさ、余り料理は詳しくないから、智ちゃんから何々を食べてみたい、どこそこのお店に行ってみたい、とリクエストしてくれると助かるな」
「ありがとう。考えてリスト作って置く」


 大介は、笑顔で食べる智子の姿を見てうっとりとしてしまう。
(やっぱり、智は素敵だな)
 大介の心に、そんな思いが溢れる。年齢なんか関係無いのだ。



 もんじゃを食べ終わると、大介が避けたかった話を智子がして来た。
「所でさ、拓海君に避妊しなさいよって言った?」
「言ってないよ。智ちゃんが言ってくれるって話だったじゃ無い?」


「嘘よ、私そんなこと言って無い。私から言うのは恥ずかしいし、言える訳無いでしょ。私の子じゃないんだから。大ちゃんが言うのが当然でしょ。『拓海、女性と関係するなら避妊しろよ』って、一言言えば良いんだから」
「父親の俺から言うのって、智ちゃんが思うほど簡単では無いんだよ」


「父親だからぶっちゃけて言っちゃえば良いのよ。あの子を妊娠させてからじゃ遅いのよ」
 二人はハッとなり、辺りを見回す。この話はこの店で話す話題では無いと気が付いた二人は、話を変える。


「もし仮に、智ちゃんがお店を開くとなったら、どんな食事を提供する店を考えているの?」
「未だこれと言って考えていない」
「トンカツ屋に興味を持ってるようだと、結ちゃんが言ってたけど」
「小規模の店しか持てないだろうから、そんな専門店も良いなとは思うけど。リピートを考えたら、メニューが難しいと思っている」


「拓海のバイト先では、ロースカツトンカツとかヒレカツとか、一口カツもあるそうじゃ無い。それだけでは駄目なのか?」
「昼食として、安く済ませたいという需要には一口カツ定食は良いと思う。でも、カツばかり続けて食べる人は居ないでしょ」
「やはり飽きるか。ならば、今イギリスで凄く人気なカツカレーを出せば。カツに合ったカレー味を探してさ。チキンも入れて2~3品」
「良いかもね。研究の余地はあるわね。でも、今から決めたくないの。いずれにしても、結菜が学業を卒業してからだから」
「それもそうだね。それじゃあ、それまで俺たち、大いに食べ歩こう」
 大介の言葉に、智子は眩しい程の笑みを浮かべ、頷く。


 問題勃発


 根草家に拓海の彼女・菜実が訪れて数週間が過ぎたある日。


 何時ものように智子は拓海に遅い朝食を出す。智子も向かい合って食べるのだが、お替わりとか、拓海の要望に応じ適時に椅子を立つなど、彼女はゆっくり落ち着いては食べられない。
 最も、智子が世話焼きなのであって、自分でお替わりやお茶、コーヒーを入れなさいと拓海に言う事も出来たが、ついつい手を差し伸べてしまうのだ。


「あのさ、俺に子供が出来たかも知れない」
 拓海が唐突に言った。
「あの子に、妊娠させちゃったの?」
 智子が心配していた言葉を、遂に耳にする。
  
「彼女が、妊娠したかも知れないって? ねー、ねー、彼女がそう言ったの?」
「そうは言ってない。ただ、何時ものが来ないって。ここんとこ疲れていたからその所為かも知れないとは言ってたけど」
「拓海君は覚え有るの?」
「うん、一応」
 一応所では無い。かなりの回数、楽しんでいる。


「それで、菜実さんは何て言ってるの?」
「ん? だから、もうちょっと様子を見ないと分かんないけどって」
「それだけ?」
「そうだよ」
 智子は、話にならないと、これ以上聞くのを諦めた。

回り道 その17

 学校側が手を拱いているはずも無く、先生が拓海の父親に直接電話する。父・大介は帰宅すると烈火の如く彼を叱った。
だが、強く怒鳴りつけたのはこの時だけだった。


 大介は父親なりに、自分が拓海の母親を追い出した事で、拓海に寂しい思いをさせた。その思いがあったので、あまり強硬な態度を続けられなかった。
 拓海が学校に行かなくなったのには自分も責任がある。その後ろめたさがあったからだ。


 しかし、たった一度とは言え、強い口調で叱責された大介は父親に反感を抱く。
拓海はもう子供では無かった。
 大介は、折を見ては拓海に学校に行くよう促したが、拓海は部屋に閉じ籠もる様になってしまった。


 拓海は菜実に、訴えるように言う。
「父さんに怒られて、無性に腹が立った。それで、二度と学校に行くものかと決めた」
「お父さん、諦めなかったでしょ?」
「うん。会社から帰ってくると、ドアを開けようとガシャガシャドアノブを引っ張った。鍵の無いノブだし、若しかしたらドアも壊されるかと思った。少し怖かったな」


「ドアノブ、必死で押さえていたんだ?」
「いや。多分そう来ると思ったから、デッキブラシの棒を利用して、ドアノブとブラシの棒を縛って置いた。棒がドア枠に引っ掛かって、結局開かなかった」
「なかなか根性あるじゃん」


 その後、数回そのような場面があったが、頑として拓海は部屋の外に出なかった。
 その内に、大介は親の勝手で離婚した自分が悪いと反省し、拓海を叱るのを止め、暫く様子を見ることにした。



「ねえ、もし、お母さんが居たら、不登校にはならなかったと思う?」
「そうだな。母さんは殆ど家に居るから、熱があるかとか病院に行こうとか、うるさく付きまとったと思う。休んでも精々その日だけだったと思う」
「やはり、お母さんが居たら状況が変わっていたかも知れないんだ」
 菜実は深くため息を吐くように言った。


「でもさ、人より早く社会勉強してると思えば良いじゃん」
 菜実は明るく言う。
「閉じ籠もるのも社会勉強って言えるのかな?」
「違うよ。バイトして大人社会を知った事よ。勉強だけが役に立つわけでは無いよ」
「うん。よく分からないけど。俺、今も後悔なんかしてない」
「それで良いんじゃ無い」
 拓海は菜実の言葉をすんなり受け入れる。

 今度は拓海が菜実に尋ねる。
「所でさ、菜実さんが高校を中退した理由は何?」
「拓海と似たようなもんよ。私の家は母子家庭だったでしょ。金銭的格差っていうものかな。なんか、常に蔑むような目で見られるのが厭になったの。仲間でいるのが厭になったの。もう、自分でお金を稼いで自由に使いたいと思ったら、我慢出来なくなった」


「でもさ、それでも矢っ張り、夜間でも学校に行こうと思ったのは凄いよ」
「普通科学校を辞める時、お母さんが言ったの。今の学校を辞めても良いから、その代わり夜間の定時制高校に行きなさいって」
「良いお母さんだね」


「夜学に行けと言ったのは、夜の時間帯に学校に通っていれば、夜の仕事を選べないし夜遊びも簡単にできない。お母さんがそう計算したからよ」
「ヤバい世界に入らないようにする為か」


「でも、お母さんが病気で仕事が満足に出来なくなり、お母さんの実家に帰ることになった。私も一緒にと言われたけど、断った。その代わりに、夜学だけは通い続けると約束させられた」
「お母さんは菜実さんが心配なんだね。俺の母さんなんか、電話一つして来ない」


 少しの沈黙の後、菜実は半身起き上がり拓海を見下ろす。
「もう一回しようか」
 菜実の顔が拓海の顔を塞ぐ。

回り道 その16

 青春


 河(かわ)里(さと)菜(な)実(み)が根草家に訪れる一ヶ月ほど前。その頃、拓海と菜実は行動を共にすることが多かった。
 バイト先が一緒と言う事も関係した。
「ねえ、明日私の所に来ない? 土曜だし、バイトも学校も休みだし」
「えっ、菜実さんの部屋に?」
「一緒にゲーム遣ろう。ゲーム好きでしょ?」
「うん、いいよ」
 菜実が拓海をアパートの部屋に誘う。

 菜実の部屋に、拓海は当然興味を抱く。辺りをキョロキョロ見回す拓海に、
「一人暮らしの女性の部屋って、矢っ張り男は興味があるんだ」
「うん。だって、初めてだから」
 拓海は、同居している結菜の部屋もこんな感じなのかと想像する。
「ほら、一緒に住んでいる女の子の部屋に入った事、無いの?」
「あんな子供の部屋に入ったら、何言われるか分かんないよ。興味ないし」
 菜実はクスクス笑う。


 菜実の部屋にあるゲームは女性向けが主流で、拓海にはなじみの無い物が多い。そんな中にも、拓海が昔遊んだゲームを発見した。
 二人はゲームを楽しみながら、会話をする。当然その中に、お互いの家庭環境や生活状況も話題として持ち上がる。
 互いの将来にも話が進むが、二人ともに何も考えて無く、その件に関しては直ぐに話題が途切れる。


 菜実は独りぼっちで住んでいる。拓海は父親や親族と同居しているが、何時も部屋に閉じ籠もるので一応形としては独りぼっちだ。
 そんな孤独とも言える環境の二人。いま、こうして心置きなく遊び話をする。楽しい時間であるのは間違いない。


 あっという間に時間が過ぎる。
 菜実が、拓海の帰り際に伝える。
「ねえ、よかったらまた遊びに来なよ」
「うん」
 拓海が嬉しそうに答える。 


 翌週も、拓海は菜実の部屋に遊びに行く。暫くゲームや会話で時間を過ごす。
「お腹空いたね。何か買いに行こうか?」
 二人はスーパーで弁当とか果物、お菓子を大量に買う。
「これ、全部食べるの?」
「弁当以外は保存食も兼ねて買った」
 一人暮らしだと、ちょくちょく出掛けて買い物するのは案外億劫になる。


 再び部屋に戻った二人だが。流石に飽きて遊ぶことが無くなった。
「少し汗ばんだからシャワー浴びようか」
 外は、梅雨の走りかどんよりしていて蒸し暑かった。
「拓が先に入りなよ」
 菜実が強引に風呂場に連れて行く。


 菜実の借りているワンルームはユニットバスだった。ユニットの中に浴槽と便器がペアになっているタイプである。
 現在、このタイプのバスはかなり少なくなって来ているが、何せ彼女が借りているアパートは古い。
 権限を持つ大家のおばあさんは頑なに改造を拒み、容易に改装をさせない。
「私が死んでから勝手に変えなさい」
 この一点張りだそうだ。
 それが原因か、3階建てマンションタイプアパートの3分の1は空き部屋だった。


「ちょっと狭いけどさ、浴槽に入ってシャワー浴びれば身体を自由に動かせるよ」
 どうやってシャワーを浴びれば良いのか迷っている拓海に、菜実は説明する。


 浴槽と便器が一緒になっているユニットバスを見るのは、拓海にとって始めてだった。
 もし仮に、この部屋が男やもめの部屋だったら、恐らく汚らしく感じてシャワーを浴びるなんて嫌だったろう。
 しかし、菜実が住んでいる部屋。狭苦しくは感じたが、汚いとは思わない。これが人間の気持ちの不思議なところ。
 実際に、綺麗に使用していたのもあるが。


 拓海がシャワーを浴びていると、いきなりドアが開いた。
「このバスタオル使って。入り口の所に置いておくから」
 何も扉を開けなくても伝わるのにと、拓海は裸の自分を見られたことに恥ずかしさを感じる。


 拓海がユニットバスから出ると、代わりに菜実が入る。少し経って、彼女もバスタオルを巻いて出てきた。
 二人が並んでベッドに座ると、やがて自然な動きへと進む。
「初めて?」
「うん」
 菜実がリードする。

 折角シャワーを浴びてサッパリしたのに、二人の身体は汗ばんだ。そのまま並んで横たわり、天井を眺める。
「ねえ、何で不登校になったの?」
 菜実が拓海にそれとなく聞く。


「そんなこと知ってどうするの?」
「拓海は大人しいタイプだから、学校で虐めに遭ってたんじゃ無いかと思って」
「うん。虐めとは迄はいかないけど、殆ど喋らなかったから誰も声を掛けてくれようとしない。最も入学して間もないのだから普通だったのかな? でも、陰キャな奴だと思われていたみたいだ」
「無視されたんだ」
「そうかも知れない。でも、話し掛ければ答えてはくれたよ。高校は中学校のメンバーと違うから、なかなか慣れなくて」


「それが原因?」
「かも知れない。丁度今頃の時期にさ、朝起きたらだるくて学校に行きたくないという気持ちになってしまった。それで、その日休んだ。父さんは俺より早く家を出るからズルしても分からないと思って」
「休むって、学校に電話したの?」


「ばっくれた。そしたら夕方先生から電話が掛かって来て。固定電話だったからうっかり出てしまった」
「誤魔化せた?」
「熱っぽかったので寝てましたってね」
「遣るじゃん」
「母さんは離婚して家に居ないし、学校に行けと追い立てる人が居ないから、誤魔化せた」


 拓海は翌日もズル休みした。何時学校から電話が掛かってくるかと気が気ではなかったが、結局その日は学校側からの電話は無かった。
 3日目となると、一瞬学校に行こうかなと言う気持ちにもなったが、その逆に、行き辛さを感じてしまい、結局3日続けて休んでしまった。

回り道 その15

 ベランダに立ち洗濯物を触りながら、智子の頭は忙しく回転する。
菜実の人物評価。二人の仲はどうなっているのか。今後どう応対すべきか。勝ち気ではあるが、その一方で世話好きでもある智子は、一人悩む。


 ベランダで、天気のハッキリしない蒸し暑さの中、一人佇む智子。
「そうだ」
 彼女はうっかりしていたことを思い出す。
 拓海が、初のアルバイト代でプレゼントしてくれたエプロン。そのエプロンのポケットに彼女は手を差し入れ、スマホを取り出す。


「もしもし、私だけど。大変なのよ。どうしよう」
 智子は、繋がった途端に一気に喋り出す。
「ちょっと待って。何がどうしたの?」
 電話の相手は根草大介だった。


「とにかく大変なの。拓海君の友達って女だったの」
「女?」
 大介が聞き返すところに、隣に居た結菜が顔を近付けて来た。
「お母さんからでしょ? 女の人がどうかしたの?」
 大介は、電話の内容を結菜に知られては不味いと反射的に耳から離し、結菜から遠ざける。
「いや、何でも無いよ。ただ、会社の部下の女性が家に訪ねて来たみたいだ」
 と、結菜に説明する。


 大介は結菜から少し離れ、後ろを向き、
「仕事の件で相談があったのだろう。とにかく話は帰ってから聞くから」
 適当に話を作り、大介は智子の電話を切った。
 恐らく、智子も結菜の声を通話越しに聞いて、大介と同じ思いになったのだろう、智子から再び電話を掛け直しては来なかった。


 根草家の会話の場も、そしてドラマも、大概キッチンで生まれる。


 帰宅した大介と結菜は、直ぐに夕食を食べさせられた。
「ご飯が終わったら、さっさとシャワーを浴びて2階に行きなさい。ちゃんと宿題をしなくちゃ駄目よ」
 結菜を追い出すように智子が言う。
「バッカじゃ無いの。期末テストが終了したというのに宿題なんか出るわけないよ」
「口答えするんじゃ無いの。早く行きなさい!」
「ハーイ」
 結菜がキッチンから消えて行く。その様子を、智子は目で追う。


「ねっ、ねっ。どうする?」
 そう言いながら、智子は対面の席から大介の隣へと移動する。
「どうするもこうするも、何か問題があるのか?」
 智子の言いたい事が大凡分かる大介。彼は冷静に答えた。
「何で大ちゃんは、そんなに落ち着いていられるのよ」
 大介の耳元近くに顔を近づけ、小声で話す智子の声は、叱るように押しが強い。

 大介には、智子が何故そんなに騒ぎ立てるのか、いまいち分からない。
「しかし、拓海も成長したもんだ。そうか、彼女が出来たのか。ついこの間までお母さんお母さんって甘えていたのにな」


「何、呑気なことを言ってんのよ。貴方は拓海君の父親でしょ?」
「だからー、何が問題なのか教えてくれよ」
「決まってるでしょ。拓君はね、彼女の部屋に行ったのよ」
「ふーん。初めて聞いた。それで?」
「じゃなくて、その子は一人暮らししているのよ」


「へー、若いのにもう独立して一人で暮らしているのか。拓海とえらい違いだな、それで、彼女は幾つ?」
「18よ。そうじゃなくて、一人暮らしの女性の家に男が行けば、分かるでしょ」
 智子は焦れったそうに言う。
「成る程ね。でもさ、必ずそうなるとは限らないだろう。俺と智ちゃんだって、二人きりになっても、何も無いじゃ無いか」
 大介は、心の中をポロリと垣間見せるように言う。


「当たり前でしょ。私たちはいとこ同士なんだから当然でしょ。分別ある大人なんだから。何考えてるのよ!」


 そこに、結菜が浴室から出て廊下を歩いてくる音が聞こえた。大介と智子は押し黙り、結菜の様子を探る。
 結菜はそのまま2階へと上がって行った。


 再び声を潜めた内緒話が始まった。
「どうするの。子供が出来たと言って来たら?」
「まさか。想像できないよ。仮にそうなったとしても、それはそれで良いんじゃ無い?」
「どうして? 若しかしたら、此処の家の財産目当てと言うことも考えられるじゃ無い」


「大丈夫だよ。不動産までは泥棒できない。示談金よこせと言ったら、子供の引き取りを条件に出せば良い」
「もう、知らない。結菜が・・・」
 智子は途中で言葉を飲み込んだ。


 智子は、拓海と結菜を結びつけようとしていたのかと、大介は少し驚いた。
「結菜が拓海君が好きなのは大ちゃんも知ってるでしょ? なのに、他の女性と関係を持って、更に妊娠までさせたとなると。相当なショックを受けると思うの」
 智子は、改めて言い直した。


「結ちゃんも、もう大人。親戚だけに拓海と親しい関係になるのは余り宜しくないと理解出来る筈。直ぐ立ち直るって」
「だったら良いんだけど。でも、好きになるという事は一途になる事よ」
 智子の不安を感じる言葉を聞き続けても、大介の気持ちは至って冷静だった。



Music 秋風
ボチボチ制作に励んでいます。
動画アプリの操作に大きな進展が見られたので、再編集をしているところです。