創作小説

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ほら探日記Ⅲ-1 実父 1

ホラ探偵のらりくらり日記Ⅲ

 実父


 保来孝太郎、平原幸恵コンピも北海道の牧場に戻った。


 再び、アパート3階の信次郎の家は静かになった。何だかんだと言っても、誰も居なくなると寂しい。
 父・孝太郎は置き土産に、「ほら探偵信次郎」の名刺を知人などに置いて来たと言った。
 とは言え、調査依頼なんてそう簡単に来るものでは無い。しかも、浮気調査なら断るつもりなのだ。
 メインの調査を受け付けないとなると、後は殆ど無いに等しい。況してや、少しは名が売れたが、極小探偵社を頼ってくるなんて期待できない。


「どうしようかな。このまま、営業している振りして事務所閉めておこうかな。『只今調査中で受付できません』って書いて貼っとけば何の問題も無いし」
 明らかに、仕事への意欲が薄れてしまっている。


 無為に半月ほど経った或る日。
「只今!」
 元気の良い若い女性の声が聞こえた。彩音の声だ。


「どうしたんだ? 旅館の女将修行はギブアップか?」
「ムリムリムリ。私には無理だわ。下手すると仲居さんより動かなければならないのよ。もう、雑用係よ」
 予想通り、彩音は続かなかった。


「当たり前だろ。最初っからドカッと座っていられるわけが無いだろ」
「とにかく無理。私、探偵の方が合ってる」
「お前、俺の所だと仕事が無いから、遊んでられると踏んでるんだろ」
「まあね。お兄ちゃんと同じよ。何か悪いの?」
 信次郎は返す言葉が無い。


(全く。慣れるとこうだもんな。身内って図々しくなり過ぎるよ)
 信次郎は愚痴る。


「マアマア、兄妹仲良くやりましょう。もう、和枝さんは此処には戻らないんだし、お父さんやお母さんも、もう東京に来るつもり無いって」
「和ちゃんが彩音に、そう言ったのか?」
「そうよ。残念ね。折角仲良くなれたのに」
 腹の立つ言い方だ。


「そうそう、お父さん達に聞いたと思うけど、矢っ張り和枝さん、実の父親に会いに行く見たい」
「チョット待て。和ちゃんの実父? 俺はそんなの一言も聞いてないぞ」
「あらそうだったの? お父さんが東京に来た目的の一つは、和枝さんの父親を捜し当てることだったのよ。私もついこの間その事を聞かされたんだけど」


 とにかく信次郎には驚きだった。
 木村和枝の両親の過去は、少しは聞いている。しかし、和枝の父親は和枝が生まれたことすら知らない筈。
 それなのに、孝太郎が実父を探し出した。それが和枝にとって良いことなのか?
信次郎は先ず、その事が頭に浮かぶ。


「親父といえども、あんな短い期間で探し出せるわけが無い。以前から探していたとしか思えない」
「その通りよ。お父さんの話だと、探偵事務所を立ち上げた頃から探していたんだって。北海道に住んじゃったから間が空いたけどね」


「それで、和ちゃんの反応は? どうだったんだ?」
「う~ん。和枝さんって余り表情に出さないじゃ無い。分かんない」
「分かんないのかよ。いい歳して気持ちを読み解く技術ぐらい身につけろよ」
「なによ、和枝さんの事となるとムキになって。私を責めないでよ」
 最もである。信次郎は反省する。謝りはしないが。


「分かった。とにかく和ちゃんは父親に会いに行くんだな。良い方向で収まってくれれば良いが」
「大丈夫よ。和枝さんは優秀な人だもの。みんなに迷惑を掛けないよ」
彩音が、自信溢れた言葉で返す。


 
 木村和枝は自ら車を運転して、静岡方面に車を走らせる。信次郎の父、保来孝太郎が探し出してくれた、自身の実の父親に会いに行く為である。