創作小説

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ほら探日記Ⅱ最終章 秘密の調査 3

 保来孝太郎は、書類などを入れる大きな茶色の封筒、保存袋を木村和枝に渡す。
「その中に、和ちゃんのお父さんの調査結果が入っている。住所も、家族構成も。そして、今入院している病院も記述してある。残念ながら、直接会っていないので写真は得られなかった。目を通すのも嫌なら、捨てるなり燃やすなりしなさい」
 和枝は軽く会釈をして、保存袋を受け取る。



 孝太郎と幸恵が東京に戻る。
「どうだった? 一戦交えたの? 母さんは何て言った?」
 信次郎が矢継ぎ早に問いかける。


「うるさいな、わしも母さんも立派な大人。揉めたりなんかするものか」
「なんだ。拍子抜けするな」
「信次郎は、わし等が激しく遣り合って欲しかったのか?」
「そうじゃないけどさ。それで、結果は? 離婚するの?」
「ああ」


「矢っ張り、幸恵さんと結婚するんだ」
「不服でもあるのか?」
「いざ、本当に別れて仕舞うとなると、なんかね。でも幸恵さんには良い事だな」
 信次郎は力なく言う。


「ありがとう。だけど、私たちが籍を入れるかどうか決めるのはこれからよ」
 幸恵が答えた。
「父さんはこれから北海道で暮らすんだね。幸恵さん、父さんのこと、宜しくお願いします」
 信次郎はまるで、今生の別れのように寂しそうな表情をする。


「私たちの身の置き所が決まったら連絡するわ。信次郎さんも是非、北海道にいらしてね」
 保来孝太郎は朝早くから出掛けたる。信次郎はそれを知らずにキッチンに現れた。
「父さんは?」
「出掛けた」


「挨拶回りか。死に際の顔出し回りみたいだな。必要ないんじゃ無いの?」
「もう東京には来ない積もりなんでしょ」


「そうなの? もし彩音が東京で結婚するとなったら、それでも来ない積もり?」
「その時は別ですよ。孝太郎さんは総ての未練を切って置きたいだけ。ケジメをつけたいのね」


「所で、和ちゃんはどうなるの?」
 信次郎には、和枝の父親が見つかったことを未だ話していない。


「どうなるのって?」
「例えば、此処に戻って、また俺と一緒に探偵業を続けたいとか。そう言って無かった?」
 信次郎は、未だ未練たらしく和枝の戻りを待っている。


「恐らくそれは無いと思う。ユキさんをサポートして若女将の座に座るでしょ。そうしてユキさんは何れ、和枝さんに女将の座を譲って隠居すると思う」
「うそー。それじゃあ、俺はどうなる?」
「信次郎さんが旅館に戻り、支配人になれば総て丸く収まるでしょ?」


 信次郎としては、旅館業を継ぐ意志がない。何れそうしなければならなくなるという気持ちはあるが、とにかく今は絶対に嫌なのだ。


「母さんはとうとう、和ちゃんの首に縄を付けてしまったか」
「そう言う言い方は、お母さんが可哀想よ」


「だってそうじゃない。今まで何の問題も無く、自由気ままに一緒に仕事をしてきたのだから。お袋の思いのままになるなんて、和ちゃんは今でも恩に縛られているのかな?」
「それは違うでしょね。和枝さんは自ら進んで女将の道を選んだと思う」


「その証拠は? 和ちゃん自身がそう言ったの?」
「言ってません。こうなったのは、私は縁だと思う。一見信次郎さんとの縁が深いように見えるけど、本当は和枝さんとユキさんの縁の方が強いのよ。繋がりが強いから二人が引き合って、和枝さんはユキさんの元に戻った。そう考えた方が自然でしょ」


「和ちゃんは旅館業の方が好きなのかな?」
[信次郎さんと違って、嫌がってはいないわね」
 幸恵は笑う。


「だって、直ぐそこに女将の座が待っているのよ。大変かも知れないが、旅館での長になるのよ。和枝さんの半生を孝太郎さんから聞いてるけど。ゼロから始めて一国一城の主になるのと同じでしょ」
「そうか。今まで和ちゃんは自分を抑えて生きてきたんだ。その位当たり前だよな」
 保来は、今日までを述懐して納得する。


「もう一つだけ、私が感じたことを言わせて。和枝さんは頂点に立ちたいわけではないと思う。飽くまでも、保来家、旅館、を守り抜く橋渡しを担う積もりよ。彼女もまた、後継者を育てるために苦労するでしょ。敢えてその苦労を引き受ける覚悟が出来たのだと思う」
「そんなにまで俺たちの事を思ってくれているんだ」


「和枝さんにとって、それは決して苦とは感じないかもね。むしろ、悦びでもあるかも知れない」
「そうだな。それって、俺にも何となく分かる気がする」 


 和枝はもう戻って来ない。逢いたくなったら自分が旅館に行くしか無い。信次郎はそう悟る。
【今回でほら探偵のらりくらり日記Ⅱを終了します。次回からは3部めに入ります。】