創作小説

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回り道 その12

 何はともあれ、根草家の共同生活は順調に船出する。それもこれも沢登智子のお陰と大介は奉る。
 そして、その感謝の気持ちを示そうと、根草大介は彼女を食事に誘う。料理の得意な智子を招待するのだから、生半可な店では折り合いが付かない。
 大介は、奮発して高給料理店に智子を連れて行く。


 智子は、出される料理の一つ一つをジックリ味わいながら食べる。そして、小声でああだこうだと評価していく。
 静かな場を演出するかのように、BGMの小さなメロディーが流れる店内。
 智子の声が廻りに聞こえはしないかと、大介はヒヤヒヤする。


 少しだけ酔いを感じる足で、大介は智子をカラオケに誘った。
「歌なんか歌いたくない」
 智子は拒否したが、
「酔い冷ましの積りでさ。歌は俺が歌うから」
 と、強引に誘う。
 仕方なしに智子もカラオケボックスに入った。


 暫く大介の独唱が続く。歌と歌の間合いを意識的に開け、大介は智子の身体にベタベタと寄り添う。
 その度に、智子に避けられたり押し返されたりする。が、彼は懲りずに続ける。大介は、ほろ酔い加減程度と自身の酔い方を判断していたが、実は大分酔いが回っていた。


 大介が、遂に極めつきの行動に出た。
「智ちゃん、好きだよ」
 いきなり、強引に智子を抱きしめ、キスをする。


 当然反発を食らう。大介の頬に手痛い平手打ちが放たれたのだ。
「私は風俗の女性と違うのよ。嫌らしい!」
 風俗の女性がどんな客扱いをしてくれるか知らなかったが、智子は叫ぶ。


 正直言って、大介は彼女に叩かれてかなり酔いが覚めた。しかし、酔った振りを続けて気まずさを誤魔化す。
 タクシーを拾い、酔いで寝てしまった振りを自宅まで続け、智子に支えられて家に入る。
「大ちゃんって、結構お酒に弱いのね」
 大介は、最大の危機を何とかやり過ごすことが出来た。


 さすがに翌朝は智子の機嫌がとても気になる。大介は、ソーッとキッチンを覗き込む。
 智子は、何時ものように普通に朝食の用意をしている。


 意を決し、大介はキッチンに向かう。
「智ちゃんゴメン。昨日はカラオケに行った迄は覚えているんだけど、後の記憶が無いんだ。智ちゃんが連れて帰ってくれたの?」
「そうよ。大ちゃんは酔っ払っちゃって、変なことしたんだよ」
「えっ、俺、何か遣っちゃった?」
 見事に惚ける。


「本当は覚えているんでしょ? そのことはもう良いよ。顔を洗って来て。ご飯の用意、もう少しで出来るから」
 智子のこの言葉は、大介にとって天使の言葉のように聞こえた。 


 お願い


 次の土曜日。大介がキッチンで食後のコーヒーを飲んでいると、結菜が現れた。初夏とは言え、随分と布を節約した服装だ。
「叔父さん、お早う。お母さんは?」
「洗濯物を干しに行ってる」
「叔父さんは手伝って上げないの?」
「そうしても良いけど、結ちゃんの洗濯物もあるんだよ。叔父さんが干しても良いのかな」
「うわー、上手く逃げられた」


「所でさ、その服装で外に出掛けるの?」
「これは家の中で着てるだけ。外に出る時は違うよ」
「だよね。その格好で外出はチョットね」


 大介は、服装に関してはとやかく言いたくなかった。とは言え、一緒に住んでいると何故か注意をしたくなる。
 いつの間にか結菜も、大介の娘のように感じて来ていた。 


 結菜が顔を突き出すように話し掛けて来る。
「実はね、結菜、叔父さんにお願いがあるの」
 大介の脳裏には、結菜の願いと言えば高価な物を買って欲しいのだろうとしか思い浮かばない。


 机を挟んで、結菜が大介の真ん前の席に腰を下ろす。すると、大介は飲み干したコーヒーカップをテーブルの真ん中に置いた。
「ごめん。もう一杯コーヒーが飲みたくなった。結ちゃん、お願いできるかな?」
 大介は、結菜の要求を安易に受けて良い物かどうかの考える時間が欲しかった。


 と、その時、大介の脳を過ぎるものがあった。
(まさか、夏休みに友達だけで外国とか旅行に行きたいとでも言うのか? いや、それは駄目駄目。危険すぎる}
 大介は、拒絶する体制を心に取る。


 結菜はコーヒーを入れ直したカップを大介の前に置くと、前の席に座り直す。
「叔父さんは、お母さんのこと、好きなんでしょ?」
 結菜の口から予想も出来なかった言葉が飛びだした。大介は動揺する。


(まさか、カラオケルームの件を智ちゃんが娘に喋ったのか? お喋りな智め)
 大介は咄嗟に、カラオケルーム内での失敗を思い起こす。


 だが、危機には百戦錬磨の根草大介。何食わぬ顔で答える。
「そうだよ。結ちゃんの事も好きだし、拓海も好きだし、結ちゃんのお爺ちゃんやお婆ちゃんも好きだよ。だって、血が繋がっているからね」
 的外れな気もするが、大介としては精一杯の誤魔化しの積リだ。

 大介からの返事が予想と違ったのか、結菜は一瞬キョトンとする。そして、
「そうだよね。親戚だもの、協力しなくちゃね」
 彼女の言葉には、何となく企みを含んでいるように聞こえる。


「結ちゃんは、俺に何して欲しいんだい?」
「実はね、お母さんを外食に連れ出して欲しいの。食べ物屋さんって、女性一人じゃ入り難いお店って、結構あるの。でも、叔父さんと一緒ならどんな店にでも行けるでしょ」


 勿体ぶって言った割には、そんな事だったのかと大介は内心呆れる。同時に精神的疲れも感じた。
「何故、そんなにお母さんを外食に誘ってと頼むの?」
「叔父さんはお母さんの夢って、知ってる?」
「知らない。どんな夢なの?」
「食べ物屋さんの店を開きたいの。ほら、お母さんって料理が上手でしょ。その腕を活かしたいのだと思う」
「そうだったんだ。知らなかったな。だから、結ちゃんはお母さんにリサーチをさせて上げたくて色々な店に連れ出して欲しいと思ったんだ」
 そうと知ると、高級店で智子がブツブツ料理の評価をしていた理由が理解出来た。