創作小説

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回り道 その10

 拓海は学校に通うために毎日4時頃家を出る。智子は、軽い食事を用意する。大概パン食に合わせた一品を出すだけではあるが。
 夕食というか夜食は学校でも食べられる。


 平日はこの様な感じで過ぎて行く。拓海にとって顔を余り見たくない大介や結菜とはすれ違いの毎日。実に順調に同居生活は進む。
 拓海は次第に智子の存在を嫌がらなくなっていた。智子を母親の様に感じて来たのだろうか?


 問題は、土日祭日。同居してから1ヶ月ほど経ったが、未だ全員揃って食事をしたことが無い。拓海だけが後から一人で食べている状態だった。
 食事が終わると、再び部屋に籠もってしまうか外に出掛ける。


 もう一人、何というか、厄介というか面倒というか、結菜の存在だ。彼女は、拓海の行動パターンを知り尽くしていて、拓海が表れる頃になると自分の部屋にスーッと消える。
そして、拓海が食事を終えて部屋に戻ると、再び階下に降りて来て、智子や大介と歓談する。


 この様な行動は、親に限らず大人からすれば、実に扱い難い。
 結菜が拓海をはっきりと嫌っているなら、それはそれで分かり易いのでそんなに気にならない。
 しかし、結菜が拓海を嫌っている風には、どの様に見ても見えないが、だた、明らかに避けている状態。
 人生経験豊富な大介や智子には、結菜が拓海を意識し過ぎていると分かる。だからと言って、どうして良いかは分からない。

 遂に焦れた大介が智子に囁く。
「どうなのかな? 結菜君は」
 勿論、この大介の質問の意味が智子には分かる。結菜の母親である智子は、大介以上に複雑な気持ちなのだ。
 智子は、何故か大介の言葉を素直に受け止められない。


「結菜が何だって言うの?」
 気分悪そうに智子が返す。
「ゴメン。気を悪くさせてしまって。ただ、このままでいいのかなー、て、思ったから」
「どうだったら、大ちゃんとしては満足なの?」
 まだ、気分が悪そうである。


「うん。ただね。ほら、若いって、とんでもない方向に走りやすいじゃん」
「どう言う方向によ?」
「うん。不味いことにならなければいいなと思ってね」
「それは拓海君次第でしょ。結菜の方からなんて訳無いんだから」
「それもそうだよな。分かった。俺、拓海がどう思っているかそれとなくに聞いてみる。事が起きる前に」
 大介は、何となく決まり悪そうに答えた。


 口では拓海に注意すると言ったが、大介がそんなことをする訳がない。単にその場を収めなくてはという安易な発言だった。
 女性は強い。あっという間に根草家は智子を中心に回るようになっていた。



 ある日、結菜の友達が根草家に遣って来た。親友の朝焼七海である。
 結菜の案内で二階に上がる。

階段は折り返すように上がって行く。上がりきった右手が拓海の部屋。結菜の部屋はその先にある。
 七海は、拓海の部屋のドア前で止まり、無言でしきりにドアを指さす。
 彼女の指先が、
「この部屋が噂の拓海の部屋なのね?」
 と言ってる。結菜は頷く。


 二人が結菜の部屋に入ると、早速七海が部屋の品定めをするかの如く見回す。
「結構良いじゃん。少し細長タイプだけど、窓が広くて明るいし」
「うん。アパートに住んでいた頃に比べれば、自分の思い通りに部屋を飾り付けられるので楽しい」
「ねえ、盗撮カメラとか仕掛けられていないよね?」
 七海は、更にキョロキョロと部屋の中を観察する。


「まさか」
 と、結菜は否定するが、ついつい七海に吊られて、一緒になって辺りを見る。
そして、我に返ると、
「有るはず無いよ。ドアは鍵を掛けてるし、その鍵を持っているのは私と母だけ」
「お母さんも持っているんだ」
「だって、何かあった時、ドアに鍵が掛かっていて開けられなければ大変でしょ」
「それもそうね。でもさ、盗聴器はどうかな? 秋葉原に行けば簡単に手に入るし」


「ほんとに?」
「そうよ。コンセントの中に埋め込む奴もあるんだって。電池要らないから壊れるまで盗聴されっぱなし」
「やだー、キモい」
「私に任せて」


 七海は、そこいらにあった紙をメガホンのように丸める。そして、スマホで音楽を流すと、筒の先をコンセントにつけ、反対側の筒先にスマホを当てる。
 そのようにして、七海はスマホの音楽を最大限に上げたりミュートしたりと操る。


「七海、何してんの?」
「こうすればさ、盗み聞きしてれば大きな音にビックリして慌てるでしょ」
 ふざけた行為に思えるが、七海はいたって本気で、幾つかあるコンセントに同じ事を繰り返す。


「どう? あっちの部屋で何か反応していない」
「あっちって?」
「拓海とか言う彼の部屋よ」
「何にも聞こえないよ」
「そうか。じゃあ、盗聴器は仕掛けられていないな」
 果たして、七海の行った盗聴器探しが有効だったかどうかは分からない。

 話題は必然的に拓海に向かう。
「所でさあ、彼、イケメン?」
 七海が、予想通りの質問をして来た。


「この間も同じ質問してきたよね。イケメンかどうかは個人差があると思うのでなんとも言えない」
「何回か顔を合わしているんでしょ。他人がどう見るかはいいの。結菜がどう思ったかだよ」
「私? う~ん。普通。実はね、彼とは殆ど顔を合わせてないの。ほら、彼は定時制に通っているでしょ。私とは生活リズムが違うから」
 と、結菜が答えたが、実は休みの日にはチラチラ会う機会がある。機会があるだけで、出来るだけ避けてはいる。


「へー、そんなもんですかね? でもさ、今日は居るんでしょ? 土曜日だし」
「多分。何時も静かなんで分かんない」
「音楽を聴いているとかゲームをしている音、しないの?」
「していたとしてもヘッドホンしてるんじゃ無い? 静かよ」


「静かなのは若しかして、壁に耳当てて結菜の部屋の様子を窺っているからじゃない?」
「あり得ないよ。彼の部屋と私の部屋には、間に部屋があって離れてるのよ」
「ねえねえ、じゃあ、あのドアに耳当てて、私たちの話を聞いていたりして」
 七海が部屋のドアを指さし、小声で結菜の耳に囁く。それを嫌うように結菜が言う。


「もう止めて。彼はそんな人じゃ無いから」
「へぇー、殆ど会ってないのに分かるんだ? やっぱり、彼の事が気になってるんだな」
「そんなんじゃ無いって。もう、その話は止めよう」
 結菜が、話を断ち切る様に言う。
 いつの間にか二人の会話は、拓海を彼と呼んでいた。