創作小説

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回り道 その9

 沢登智子は、大介の息子・拓海を部屋から出すことに成功した。最も、部屋に閉じ籠もっていたのは大介や智子が居た時だけ。
 智子が来る前は、大介が会社に行った後、拓海は伸び伸びと過ごしていた。
 入浴やシャワー浴びも自由勝手に出来るし、外出もしていた。


 智子が成功したと言えるのは、家族とか身近な人の前に顔を出させたに過ぎない。、外で会う人達とは普通に接触していたので、引き籠もりと言えるかどうかは疑問である。
 とは言え、大多数が教育を受けている年代。何もせずに時間を無駄に過ごすのは、将来を見据えれば不利。
 何とか拓海を、再び学びの場に戻して遣りたい。それが、何時しか智子の強い思いとなっていた。


 拓海がキッチンで昼飯を食べていると、智子がテーブルの上に印刷物を広げる。
「ねえ、学校って色々あるのを知っているよね。全日制だけで無く、定時制や通信制、フリースクールみたいな所とか」
「・・・ ・・・」
「拓海君が進学した高校が嫌なら、無理して復学なんて考えずに、別な学校に行けば良いのよ。私、インターネットで色々調べたのよ。で、拓海君に合いそうな物をプリントした。
ね、これに目を通して。このままじゃ勿体ないよ」
「・・・ ・・・」


 拓海は無言。だが、食べ終わると、智子がプリントした用紙を手にし、2階の自分の部屋に戻る。その後ろ姿に、智子はエールを投げ掛ける。
「ありがとう。叔母さん、手続きには一杯協力して上げるからね」


 智子の気持ちが通じたのか、それとも当人が何とかしなくてはと考えたのか、数日して拓海は定時制高校へ編入したいと言って来た。
 智子は、喜び勇んで入学の為の手続きに奔走する。


 結菜に、智子が再び根草家同居への打診する。結菜の、前回の返事が曖昧だったと感じたからだ。
「考えても良いけど、でも、条件がある」
「どうぞ。並べて」
 どうやら、結菜が条件を出す時は一つで無く、複数の場合が多いようだ。


「先ず、ドアに鍵が掛かるようにする事。トイレは、結菜達は2階のトイレ。男は一回のトイレを使用すること。1階のトイレも、座ってする事。入浴中は洗面所にも入らない事。洗濯物を洗濯機に入れに来たなんて言って、覗いたりしそうだから」


「成る程。ドアの鍵は多分取り付けてくれると思う。問題はトイレ。大ちゃんは受け入れてくれるだろうけど、拓海君がね。座りオシッコは、強要してもどうかな? 覗きに関しては、入浴中の札をぶら下げれば良いと思うよ。紳士であることを信じよう」
 慣れていると見えて、智子は条件提示にスラスラと応えて行く。


「何で座って出来ないの?」
「男は、可笑しな事を言うのよ。『沽券に関わる』とか。股間だろうがと言いたいよ」
 母娘は大きな声で笑う。

  結局、総合的に判断して、沢登母娘は根草父子との同居を決めた。それには、拓海が定時制高校に通い続けていたのも影響していた。


 結菜の高校入学という区切りを考慮し、同居は入学前の3月後半となった。
 全面的な引っ越しは、業者の繁忙期と重なるので後日にして、取り敢えずは当座必要な物を根草家に運び入れる。根草大介は、自家用車を何往復かさせて、彼女らの荷物を運んだ。
 当座必要な品物と限定したのだが、何だかんだと増え、結構な品数となる。 


 根草家は、同居決定の際に部屋割が行われた。拓海の部屋は既に定まっているので変更は出来ない。
 結菜は、2階奥のお客さん用にあつらえられた部屋。その手前に智子の部屋。拓海と智子の部屋が向かい合う形となった。階段を上がった一番奥がトイレと簡単な洗面台。


 智子と拓海の部屋が向かい合ったことで、彼女が拓海を監視できる形だ。現時点では、部屋から出てきてるとは言え、年頃の娘が居る以上、拓海は警戒するべき存在だった。
 監視の必要があると、沢登母娘は考えていたのだ。


 そして家の主・大介は1階の物置に使っていた部屋。2階にあった書斎兼寝室が智子に取られた形だ。


 新生活


 根草家の春。出足は危惧していたより遙かに順調に滑り出す。
 智子が拓海に、定時制高校に拘って勧めた訳では無い。拓海が色々ある選択肢から、自ら選んだもの。それ故に、彼は嫌がらずに学校に通っている。
 そうなると、当然拓海と他の同居者間の生活リズムが違った。


 朝、出勤前の大介と結菜は重なる時間が多い。騒がしく忙しい時間から静けさが戻ると、拓海がのこのこキッチンに顔出す。
 智子は拓海に朝食を出す。それは、彼女にとっては大した労では無い。朝、一緒に纏めて作った料理を各自の時間に合わせて出すだけだ。


 少し遅い昼食は、智子と拓海が同じテーブルで食事をしている。拓海は、智子がしきりに話し掛ける言葉に、面倒臭そうに返事をするだけ。から返事の様なものだ。
 それでも智子は、拓海が彼女の話に耐え、逃げ出さないだけで満足だった。